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【「地球へ…」新装版発売記念インタビュー】2007年04月前後(57歳)



新装版「地球へ…」全3巻
発売日:2007年04月06日

楽天books:著者インタビューhttps://books.rakuten.co.jp/event/book/interview/t...


──竹宮惠子先生が1977年に描かれたSF名作『地球へ…』が、今年新たに、新装版で発売になりました。この作品は1980年に劇場用アニメにもなっていますが、新たにTVアニメも放映中で、そちらも人気ですね。いろいろなことが一気に動き出したように見えますが……なにかきっかけはあったのですか?

竹宮:今回のアニメ化は、ヤマサキオサム監督がお話をもってきてくれたのがはじまりです。すでに一度、劇場用になっているので、そんなことがあるとはまったく思っていなかったのですが、劇場用は1時間半という短さで、すごくよくまとめてくださっているんですけれども、多少の無理があったので、それがもしかしたら解消されるのではないかという期待はありました。テレビとか映画は簡単にはいかないと思ってましたので、企画が通ってくれればいいなと……。私自身はすごく楽しみですし、アニメにしていただけるのは、すごくうれしいとお答えしました。

──それが放映となって、人気になっていますが、先生はご覧になっていかがでしたか?

竹宮:以前の劇場用は、そもそも原作が少年誌の連載だったので、キャラクターも男性的だったんですね。今回の結城信輝さんのキャラクターデザインを拝見したら、その当時の少女漫画家が描いたSFという雰囲気がすごくよく出ていて、繊細に描いているなと思いました。それに、画面の処理とかも進んでますから、とてもきれいに完成されているんですね。すごくソフトな表現が出来るようになったんだなと思いました。

──しかも、先生のコミックスの動きのある表現が活かされているように思います。設定的にもかなり忠実に作られているように感じましたが……。

竹宮:そうですね、思ったより忠実に作ってくださっていて。ヤマサキ監督がおっしゃっていたのですが、私の原作は、アニメにすると18話分ぐらいで全部はいっちゃうそうなんです。ですので、それ以外の部分を膨らませてくれているようで……。すごく細やかに優しく、感情的な部分を描いてくれているように思います。アニメは原作とは違うものなので、ヤマサキ監督の思うように作っていただいて、それを観て楽しんでもらえればいいなと思っています。

──原作にプラスして楽しめる部分もあるわけですね。

竹宮:そうですね。なにしろ原作は、無駄な表現全然なしというか、余韻に浸っているヒマがないというか(笑)。
 私がこの連載をしている時は、ちょうど『風と木の詩』という、表現的にも難しい、デリケートな作品と同時進行だったんです。ですので『地球へ…』では、表現の細やかさに気を使う余裕がなかったんですよ。コンパクトに短く終わらせようという感じだったんですが、終わらせるどころか、3回で終わるはずだったのが、伸びてしまった連載ですから……。

──でもそれが、スピーディーな展開というか、勢いのある流れ、核心をグイグイ追求するような構成になっているんですね。
 原作をもう一度読みたいと思っているファンの方も多いと思います。アニメ化と同時期にコミックスの新装版も発売になりましたが、いかがですか?

竹宮:大版にしていただいたし、カラーをたくさん再現していただいたのは本当にうれしいですね。カラーは単行本ではほとんどありませんし、総集編に比べてもたくさん再現していただいています。
 それに、装丁も今風におしゃれになっていて。表紙は、昔のイラストの上に色を乗せてますから、下の色見がなかなか表現できなくて苦労していただいたんですけど、きれいに仕上がりましたね。
 それに私、こんなこう……、表題の文字が盛り上がって見えるコーティング加工なんてしてもらったことないので……うれしいんですよ。
 なにしろ、わりとはねっかえりなものですから、そんなに作品を大事にされたっていう感じが、あんまりしていない作家なので(笑)。外からみたら、そんなふうには見えないかもしれませんけど、雑誌の中では、優遇されたことはありませんでしたので……。

──そうだったんですか! 連載当時はどんなだったのですか?

竹宮:その中では、この『地球へ…』は大事にされた作品だったんです。朝日ソノラマが新しく創刊した雑誌(『月刊マンガ少年』)だったということもあるのですが、私にとっては驚くことがいっぱいありました。「こんなにしてもらっていいの?」っていう感じがたくさんあった作品ですね。

 当時は『風と木の詩』を成功させるために、編集者と非常にむずかしいやりとりをしながらやっていたんですね。私の作品て、差別的発言とかがやたらでてくるんですよ。出版社側はそれに対して、相手に対しての思いやりではなく、なんていうんでしょうね……、差別的発言に対して自己規制するという動きがあって、そういうことと戦うのがたいへんだったんですよ。
 それが『地球へ…』の中でも、ミュウが特殊能力をもっている理由が、身体的にどこかが欠けているというようなことを言っているものだから、どうしよう……って思ったわけなんです。ですが、担当者の方が「いいです。いつでも交渉しますよ」って言ってくれたんですよ。ほんとにありがたくて。

 そういう問題にはぜんぜんなりませんでしたけど、そういったことを引き受けてくれる、太っ腹な方でしたね。

──担当さんも、同じ覚悟で作品に関わってくれたんですね……。ほかにも、どんなエピソードがありますか。

竹宮:手塚治虫先生の『火の鳥』と一緒の掲載だったんですよね。で、二人とも遅いんですよ。締め切りを守らない二人を抱えて、その担当さんは、ほんとうにたいへんだったでしょうけれど……。

──二大看板ですから、どちらが欠けてもたいへんなことになりますね。

竹宮:どっちが先に入れるか、みたいな競争をしてました。……いや、逆ですね。私たちにすると、いかに最後にするか競争しているみたいなもので。それも、入れないで逃げるつもりではなくて、一日でも伸ばして良い結果を残したいってことでそうなってしまうのですが、毎回毎回、締め切りと戦っていました。

 そういうところでも、けして敵対関係になるのではなく応援してもらいながら描けたんです。突然、最後の最後になって、セリフを変えたいとか言いだすわけですよ。でも、写植(当時のマンガは写植という方法で文字を別に制作して貼っていた)を打ってないじゃないですか。語尾二つだけ、どうしても変えたいとか言うわけです。そうすると担当さんは、自分の持っている本……束見本(本の厚みを試すための試作本)を開いて……、その中に必要なくなった写植を全部ストックしてあるんですが、その中から、一文字ずつ拾いだして、作ってくれるような人でしたね。

──……プロですねぇ。それが、熱狂的なファンがたくさん応援する結果となって……。

竹宮:そうですね。そういったファンのおかげで、長く続いて、私がほんとに描きたかった世界を全部ださせてもらったと思っています。でもそれでも、表現しきれなかった部分もあるんですよ。例えば、ソルジャー・ブルーの目は赤いのか、青いのか……っていう問題で、みんなやりあったりしているんですよ。このイラストを見ると青ですよね。でもミュウっていう特殊な能力を持っているひとだから、能力を使っている時とか、そういう瞬間なら赤くなるってこともあるって想像できるだろう……なんて思って、私はぜんぜんなんの説明もしないわけですよ。で、ある日、突然、赤い目を描いちゃう。そういう不親切な作家だったんですけど、そういったことにも一生懸命こだわってくれる方々がたくさんいて。そういうファンとのセッションみたいなこともやってましたね。

 当時は、お手紙をたくさんいただきました。ミュウという超能力者と人間のストーリーですが、そのミュウは、ひとりひとり能力の質がちがっているんだと勝手に想定していて、そういうことも説明していないんですよね。すると、読者がいろいろ膨らませてくれて、逆に、「きっと、こうなんですよね」と、手紙に書いてくれることの中にも、アイデアがあることもありました。それを読んで、「あ、そうか。だったら、こう発展させるとおもしろいかも」なんていうこともありました。

 だから、読者の手紙を読むのはすごく楽しいことでした。別の設定をいろいろ考えてくれたり、自分自身の人生の悩みを書いてくる人もいる。その中に思いがけない発見があることもあって、実際には、言葉でやりとりもしませんし、返事を書いたりもしないんですけど、読者もセッションを感じてくれていたんじゃないかなと思います。
 読者がファンレターをくれて、私が作品で答えるみたいな感じですね。そういうものがあった作品だと思いますね。

 『風と木の詩』はもう少しデリケートで、オブラートに包まないといけない話だったので。男の子たちの話だったんですけど、心理学的には女性の問題を描いていると心理学の先生にも言っていただいたこともありましたし、「あぁ、そうなんだ」と、あとから私がそう思いはじめたような話でもあったので。それに比べると、こちらはストレートな投げ合いができたというか……。

──『地球へ…』は少年誌でのSF連載でしたし、テーマ性もメッセージ性も強い作品ですね。

竹宮:私が、SFが好きな理由は、言いたいいことがストレートに言える世界を自分で作ることができる、ということなんです。そういうことができることが、SFを描く一番の醍醐味なんですけど……。そうじゃない世界は、歴史上の問題や、その時代の価値観とかにこだわらないといけないんですけど、SFはそういう制約がないですから、言いたいテーマをストレートに言えたんですね……。メッセージもすごく多い話だったので。

──もともと、お好きだったSF作品とかあったのですか?

竹宮:SFがもともと好きという人間ではなっかたのですけど、若い頃、一緒に大泉サロン(少女マンガ家のトキワ荘的存在)というところで、みんなとセッションしていた頃に、いろいろ教えてもらったんですよ。そういう人たちが推薦するものにまちがいはないので、ラッキーな事に名作ばっかり読めたんですね。でも、私は何度も読み返して作品世界に浸るというよりも、その中から、なにかエキスをもらって、別の形に育てたいというほうでした。『地球へ…』に関しては、『スラン』(SF作家A・E・ヴァン・ヴォークトの超能力者SFの古典名作)などの影響を挙げる方もいます。たしかに、主人公のジョミーという名前は使わせていただいたりしてますから。

──逆に『地球へ…』にインスパイアされて、少女マンガの中でもSF作品や超能力ものが描かれたりしてきましたよね。

竹宮:そうですね。少女マンガ誌で連載したわけではないけれど、少女読者にSFに興味をもってもらうきっかけにはなったかなと思います。戦闘シーンなどのハードな描写も少年誌だからできたんですね。私は実はすごくハードな中身をもっていて、戦闘シーンなんかも、描けるものだったら自分で描きたいぐらいなんです。メカなどを描く練習をしてこなかったので、描けないですが、そういうシーンを作ることはすごく好きです。

──あきらかに、この作品がそういう描写をやりはじめたものだったんですね。それまでの少女マンガでは在り得ませんでしたね。

竹宮:誰かが描かないと、描かなくていいってことになっちゃうんですよ。人の手を借りれば……アシスタントというか、『地球へ…』では、ひおあきらさんの手を借りていますけど、そういう人とうまく組み合わせができれば、広がることだと思います。青年誌なんかでも、たくさんのアシスタントさんたちと描いてらっしゃるわけで、マンガの場合はそれもいいんだと思います。それを堂々と名前を出してやったっていうのは、これがはじめてでしょうね。
 もうひとつ、『変奏曲』という作品があるんですが、増山法恵さんという人が壮大な原作を持っていたので、それを寝かせておくのはもったいないと描きはじめたのですね。そういうような原作・原案がいて、それを再現するというのも、私がはじめちゃったことですね。いまではCLAMPさんみたいに、みんなで分担して描くという形もできてきましたけど、当時は少女マンガではなかなかできなかったことだったんですよ。原案協力とか、原作と出すだけでも、許されなかったんですね。

──そういう意味でも、いろいろな挑戦をされてきたんですね。

竹宮:そういう発言力も、人気がないとダメなので、人気をとることが一番大事だったんですね。
 それはある時期をこえて、できるようになりましたが、それまではほんとに、どこを掘れば鉱脈があるのかなぁって状態だったんですから。どこに読者が反応してくれるか見ていた時期が5年ぐらいはありましたね。

──そういった読者からの手応えみたいなものを感じた作品というのは?

竹宮:描いたことが全部伝わって、私が考えていたような反応を読者が返してくれたのは、『ジルベスターの星から』、それと『ミスターの小鳥』でした。

 『ミスターの小鳥』はファンタジーだったんですけど、ファンタジーの分野で自分の言いたいことがちゃんと伝わったという気がしました。SFの分野では『ジルベスターの星から』で、これを描いたおかげで、SFを描いていけると確信しました。ただ、少女マンガの舞台では無理だなと。『ミスターの小鳥』や『集まる日』のように、ちょっとファンタジーにしないとダメなんですよ。少女マンガ誌でSFをやっても、けしてメジャー人気にはならない。そういう不満みたいなものも、『地球へ…』は少年誌だったので、思い切ってなんでもできたんですね。少女雑誌では、ぜったいにできないことをやることができました。

──竹宮先生ご自身の挑戦も、込められている作品なんですね。それが物語と相まって、読者に伝わったんでしょうね。

竹宮:私は少女マンガに向いた体質ではなかったので、必死になって探っていたんですよね。ほかの少女マンガ家さんで成功されている方は、女の子の心に響く要素を、すでにもっている。それを表現さえすればOKなんですけど、私にはそこがぜんぜんなくて。どうすれば通じるのかぜんぜんわからなかったんですが、「あ、こうすれば通じるんだ」というのがわかったのが『ミスターの小鳥』だったんですね。

──『ミスターの小鳥』も『地球へ…』もそうですが、作品に込められたメッセージ自体が古くならない、普遍的なものを描かれていますよね。

竹宮:それは新人のころから大事にしてきたことです。常に普遍的なことを描けば、時代に取り残されないでいける。大昔の作家が残した言葉でも、この現代になっても古くないというのと同じで、そういうことをできるだけしたいと思っていました。

──『地球へ…』のアニメを観ても違和感ないですし、原作を読んでも当時感じたように熱い気持ちや、人間と人間の関わり(片方はミュウですが)、生きる力などを考えさせられます。

竹宮:メッセージ性が強いので、若い人がどんなふうに思うかちょっと心配しているところもありますけど(笑)。私自身が、若い頃に発見してきたことを全部描いているので、若い人にとっては誰しもが突き当たることを描いているとは思うんですけどね。当時は、私も27〜28歳ですから、そんなに若い人と離れているわけでもないし、今、18〜22歳の学生を教えているんですけど、私が18歳だった当時とは、世間が豊かになった以外は変わっていないかな。ひとりの人が生きていく上で、必ずぶつかる、自分を発見しないといけないという問題があるので、そういうのを見ると、同じだなぁって。そういう意味でも、『地球へ…』で描いているメッセージは伝わらない言葉ではないとは思うんですけど、若者たちがどう見てくれるのかは、気になりますね。

──最近の作品はいかがですか?

竹宮:たまたま、この前、『時を往く馬』という作品を出しましたが、それは、大学で教えてるので、学生に高度な構成のおもしろがり方というものを読ませたくて、教科書的な感じで作ったんです。
 私はどんなに短くても、話をおもしろくさせるということについてはプロ意識があるので、編集さんからの注文で、8ページ、16ページ、24ページ、32ページと、ネタはなんでも良いけれど、それが全部繋がってひとつの話になっているという構成で描きました。時代も前後するし、まったくちがう主人公で描くのだけど、すべて一個のスノーボールというおもちゃが、繋いでいくんですよ。

──竹宮惠子先生ならでは、という手法の作品なんですね。『地球へ…』は学生さんの授業の教材にもされているそうですが、いかがですか。

竹宮:毎年、劇場用のアニメと原作の比較をレポートにしてもらっているのですが、今年はテレビアニメもあるので、いろいろ考えています。

──教材的にもひとつ、作品が増えちゃったわけですね。3作品の比較というのもおもしろそうですね。

竹宮:劇場用のアニメを観て、こんなに昔の年代の作品なのに、手書きトレースや、長まわしのカットだったり、丁寧な作りをしているということに気がつくアニメ好きな学生もいて、今のアニメとのちがいもあるから、面白いレポートになるかもしれませんね。

 それと、私の『地球へ…』は、今のマンガに比べるとものすごく情報量が多いので……。うまく読み解けなかったものが、映画を観てわかったという人もいました。マンガのリテラシーというものがあって、読み取り方もかわってきているんですね。セリフも多いし、しかも丁寧に解説しているわけではないから……。

──余白は読んだ人が考えるわけですね。そういったことを考えることがまた、作品世界に入り込む度合いを増すような気もします。

竹宮:そういう意味では、いろいろな読み方をしていただいていいと思います。原作と見比べながらアニメを見るのもいいし、全部見ちゃってから読もうという人がいてもいいし。ぜひ、読み解くことに挑戦して欲しいなと思います。

──ぜったい、おもしろいですからね。

竹宮:パズルをやるつもりで挑戦してください!

──今日は、たいへん貴重なお話をありがとうございました。



【インタビュー 波多野絵理】
連載当時、どんな音楽を聞いていらしたのか……というお話になって、『風と木の詩』はクラシックだったけど、『地球へ…』は戦争のように忙しい状態で描いていたので、音楽にはこだわっていなかった……というエピソードを伺いました。こだわらないというより、なんにも聞こえなくなっちゃうそうです。電車の中でもどこでも、描く時は描ける……という集中力。『地球へ…』の中に、ミュウの能力の表現で、意志が強すぎて他者の思念を遮断するというくだりがあって、それがどんな状態なのか、いまひとつ想像できなかった私は、先生のこのお話を聞いて、納得できたのでした。



竹宮惠子:地球へ…
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 【「地球へ…」第三部総集編 鼎談(部分)】1980年01月(29歳)
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