5ちゃんねる【萩尾望都】大泉スレ【竹宮惠子】に関する資料まとめサイト

【対談:光瀬龍・萩尾望都】
「百億の昼と千億の夜」レコード発売記念「雪見酒対談」月刊OUT 1984年04月号


月刊OUT 1984年04月号
発売日:1984年04月01日
出版社:みのり書房




「百億の昼と千億の夜」レコード発売記念・雪見酒対談
司会:米沢嘉博
参加者:光瀬龍、萩尾望都、小暮(日本コロムビアレコード)

資料提供
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/gcomic/163771...


「百億の昼と千億の夜」日本コロムビアレコード
発売:1984年02月
作曲:タケカワユキヒデ
編曲:鷺巣詩郎
演奏:タイクーン




「百億の昼と千億の夜」レコード発売記念・雪見酒対談
(図版に続いてテキスト抽出あり)












「百億の昼と千億の夜」レコード発売記念・雪見酒対談

萩尾望都さんのマンガでもおなじみの光瀬龍さんの「百億の昼と千億の夜」のイメージアルバムがついに完成! このアルバムの発売を記念して、SFファン待望の光瀬さんと萩尾さんの対談が実現したのであります。
原作者として、また、マンガ化した立場から、それぞれの「百億――」についての想いを語っていただきました。
折りしも東京はこの日、大雪に見舞われ、熱間を前に 雪見酒対談、と相成った次第。
さて――、どんな言葉に出会えるかな!?


二人は出会う前からそれぞれのファンだった!?

OUT 今日は「百億のと千億の夜」のレコード化発売記念ということで、光瀬さんと萩尾さんの対談が実現しましたこと、本にうれしく思っておリます。
司会はOUTでも以前、萩尾さんと対談されたこともある米沢さんにお願い致します。

米沢 まず「百億のと千億の夜」(以下「 百億―」と略す)なんですが、萩尾さんは光瀬さんの原作をお読みになられたのはいつ頃ですか?

萩尾 マンガを描かせていただく1年くらい前だと思います。

米沢 それまで、あまり原作ものは描いていなかったと思うんですが、光瀬さんの作品を選んだ理由は何か……。

萩尾 秋田書店に光瀬さんの知り合いの編集の方がいまして、その人も光瀬さんのファンで、お会いした時、「百億 ―」の話をして盛り上がっていたら、「描きたければ頼んであげるよっ」てことで、じゃあ頼む頼む、と。で話 が煮詰まっていったんです。

米沢 光瀬さんはマンガ化の話が来てどうお感じになりましたか?

光瀬「少年チャンピオン」の編集長が電話をかけてさて「萩尾さんが「百億―」を描いてみたいって言ってるのでOKしてくれないか」と。別に何も感じなかった(笑)。

萩尾 木原(敏江)さんの所へ遊びに行った時、「萩尾さん、光瀬さんて方から電話よ」って言われて「えっ? ひょっとして、あの光瀬さん!」――で、 電話に出たんですけど、光瀬さんはマンガ界は初めてらしくて、「マンガというと単行本で出されるんですか」と言われたんです。「雑誌連載の予定で考えてるんですけど」と私が言うと、「チョン切って描くよりいっぺんに描いた方がいいんじゃないですか? 少しずつ描くのは大変だよ」って言われて(笑)。

光瀬 秋田(書店)の方では雑誌連載ということは言わなかったんです。

米沢 それまで原作を提供されたことはありますか?

光瀬 原作というのは2回くらいあったような気がしますね。それは雑誌だったんでしょうけど、雑誌も送って来ないし結果もね。無責任な出版社ってあるんですよ。だけど、秋田の場合は前から知ってるし、そういうことはないだろうと思って、萩尾さんの作品はあの時点でかなり読んでたんですよ。だから大丈夫だろうという思いはあり ましたね。

米沢 少女マンガはよくお読みになってたんですか?

光瀬 出版社が送って来るんですよね。それで読み始めたというか.……。そういう接触はありました。

OUT 光瀬さんがマンガを描いていらしたとかってことはなかったんですか?

光瀬 まったくないですね。ただ少女マンガにどういう描き手がいるかは知ってました。どういう作品があるかとかも。
太刀掛秀子さんがデビューしたのは「 百億―」の前ですか、後ですか?

米沢 後ですね。

光瀬「なっちゃんの初恋」というのがあったでしょう。あれの批評を頼まれたことがあったんです。だから知らないということはなかったんてすよ。

萩尾 ずいぶんカワイらしいのをお読みになってるんですね。

光瀬 こちらに選択の余地はないわけで(笑)

米沢 読むのは出版社の要請ですか?

光瀬 読むのは片っぱしからです。「ベルばら」(「ベルサイユのばら」)はいつ頃なんですかね。

米沢 12年前です。

光瀬 一応、全巻目を通しましたしね。

米沢 やはり高校の先生をしていらした関係ですか?

光瀬 そういう意味じゃなくて、当時送って来る本はみんな目を通す暇があったんです。この頃出版社は本を送って来なくなりましたけど…。


阿修羅のイメージは美少女的少年か美少年的少女

米沢 萩尾さんがマンガの連載を始める前に、イメージ・イラストのようなものをお描きになってた時期というのはその1年くらい前ですか?

萩尾 やっばり主人公の阿修羅にコロッといかれまして、こんな顔じゃないかなって、キャラクターの顔を描いた です。最初はすごく素朴な……「おしん」みたいな……(笑)

米沢 光瀬さんの原作が「SFマガジン」に連載された時の阿修羅は、髪の長い痩せた少女で、僕はずっとそのイメージを持ってたんですが。

萩尾 イラストが出てたんですか! それはぜひ見たかった。

光瀬 あれは金森達さんてした。

米沢 それまで光瀬さんの絵を担当していたのは、他にどんな方が?

光瀬 ジュニアものは依光隆さんでしたけど、「百億─」はずっと金森さんが描いていました。──そうですか、 阿修羅王が出て来たことがありましたか。

萩尾 見てみたいですね、他の人の描く阿修羅王がどういうのか……

光瀬 金森さんのは、プラトンとかキリストは、いかにもそれらしいですね。

米沢 阿修羅王の魅力というのは、萩尾さんはどのあたりに感じますか?

萩尾 男の子でも女の子でもないという中性的なところにまず魅かれて、後は色っぽさでしょうか。

米沢 光瀬さんは阿修羅主にどんなイメージを注ぎ込まれたんですか?

光瀬 日本は興福寺の阿修羅王像というのが定着していて、仏教の像造学から言うと特殊な例でしょうね。
東南アジアの阿修羅王というのは様様なんですよ。むくつけき大男であったり、ヒゲを生やした武将であったり。たった一例、中年の婦人の阿修羅王というのがありますけど、それを除けばほとんど武将ですよ、本当に仁王さまみたいな。

米沢 そういうのが出て来たら、話はずいぶん違ったてしょうね(笑)

萩尾 ハードボイルドSFになった… (笑)。

光瀬 古寺のロマンとしては、美少女的少年か美少年的少女がいちばん魅力があると思うんですよ。つまり、セクシュアルな部分を切り捨てようとする意図があるのね。来南アジアの男性的阿修羅像や女性の阿修羅じゃダメなんでしょうね、日本人は。

米沢 その辺に魅かれた人たちって、多いようですね。

萩尾 最近、アニメーションで、中国の「ナーザの龍退治」のナーザを見た時、非常にイメージとして阿修羅に近いなと思ったんです。

光瀬 ビルマの奥にある中年の女性の阿修羅王像というのもいいんですよ。

萩尾 光瀬さんに電話で「もしもし、阿修羅描きたいんです」って言ったら、「阿修羅王ですか、あれは男でしたっけ、女でしたっけ」(笑) とおっしゃったんですよ。

米沢 マンガとしてやるには「百億─」 は非常に難しい作品だと思うんてすが。

萩尾 難しいですね。だから多少のことは大目に見ていただいて、という感じで……。

米沢 どの辺がいちばん難しかったですか?

萩尾 クライマックスからラストに向かってが、いちばん難しかったですね。どのように描いたらいいのかわからな いところがあって……。あそこを描かないと話にならないしね。
でも、描くまで難しさってわからないから、描きたい時には阿修羅を描こうって 阿修羅のお手々、阿修羅のあんよ(笑)って。

米沢 大変な連載だったんですねえ。

萩尾 連載前にネームを9割方仕上げて、後は少し手直ししながらやっていったんです。

米沢 光瀬さんとしては、言葉のイメージと絵のイメーシが時々ずれることがあると思うんですけど。

萩尾 それは大目に見ていただいて…。

光瀬 総体的には大変だったろうと思いましたね。主人公たちのセリフと絵の関係はよく拾ってました。そのコマにはそのセリフしかないという、その辺をよく拾ってましたよ。


山田ミネコさんも「百億─」をマンガ化していた

米沢「百億─」は、他の方もマンガ化したいというのがあったと聞きましたが……。

萩尾 私が描くんだと言ったら、みんなから石を投げられた(笑)

米沢 山田ミネコさんとか、他に2人ぐらいいたと思うんですが…。

萩尾 そう、山田ミネコさんとか…。

光瀬 後は連載が終わってから、地方のアマチュアの人が作品を送って来たね、2、3人。ひとつは完全に萩尾さんの真似なのね、何もかも…。

米沢 すごいエネルギーですね。でも萩尾さんのが出る前に、阿修羅王の姿を描いた人がいたようですが…。

萩尾 阿修羅王そのものの姿は、宮谷一彦さんのを見たことがあります。それから岡田史子さんの「死んでしまった手首」の中に出てきますが。

光瀬「百億の昼と千億の夜」という題名じゃなくて「百億の昼と千億の夜よリ」という題名でマンガ化したっていうのを聞きましたが、劇画誌って言ってましたよ。

萩尾 ネコさん(山田ミネコ)が「百億――」が非常に好きで、学生の頃、 同人誌に描いたことがあるって言ってました。

米沢 見たことありますよ、「綾の鼓」とか言うんですよ。

光瀬 阿修羅王が小さな女の子でワンビース着てるのね(笑)。

萩尾 そうなんですか。山田ミネコさんのは、シッタータが完全にサイボーグの体て出て来るんですよ。テルテル坊主みたいな雰囲気で(笑)、なるほど、いろんなシッタータがいるなあと。

米沢 萩尾さんの他のキャラクターは、史実に基づいた絵姿とかキリスト像を基にしてやられたんですか?

萩尾 そうですね、あれ(キリスト)を描いたらキリスト教だという人から石を投げられる……(笑)

米沢 キリストはし者になってますもんね。光瀬さんとしては、キャラクターはシッタータとかイエスとか史実の中にいた人物をイメージして?

光瀬 僕は本質的にナザレのイエスという男は嫌いだから(笑) ユダヤ教はいいんですよ。ギリシャから近代ヨーロッパとの間にキリスト 教が入ってねじ曲げるでしょ、あれはいけないね。
私の内部に、西洋に較べると東洋優位というのがあるのね。キリスト教とかそれを生み出した土地柄とか人間性とかってあんまり好きじゃないね、最初から定してかかるところがあって。

米沢 秋尼さんはその辺のこと、お考えになりましたか?

萩尾 それよりもお話のテーマとして宗教とかそういうものも、結局は人間を滅ぼすためにあるのだというのがテーマで、キリストだけじゃなくて彌勒さんにしても何にしても悪者になってるわけでしょ。彌勒さんだって、あんなに書かれちゃ大変ですよね(笑) だから開き直って──。

米沢 それまで「トーマの心臓」等でキリスト教的なものをお描きになってましたが、その辺は?

萩尾 それはそれ、これはこれ(笑)。

光瀬「少年チャンピオン」を選択(連載の)したというのは、理由があるんですか?

萩尾 というよりも、当時SFを描きたいと言ってたんですが、少女マンガのSFが非常に変質的な状態で編集さんが、「あまリSFは困る……」と私を宥めていたんですね。で、少年誌なら描かせてくれるかもしれないってことで、「チャンピオン」の人に話したわけです。


少女マンガ界に大影響を与えたマンガ版「百億─」

米沢 どうですか、マンガ化されてから光瀬さんの方のファンレターとかは。

光瀬 非常に激しい混同があるのね。萩尾さんの所に行かなければならないはずのファンレターが、こっちに来たりして(笑)

米沢 年少者ですか?

光瀬 そうじゃないね。思い込みなんですね、年齢に関係なく。
中にはあの絵を僕が描いたと思ってる人がいてね(爆笑)。

米沢 萩尾さんが原作で。

光瀬 今度は何々を描いて下さいとかね。ずいぶんありましたよ。

米沢 萩尾さんの方は?

萩尾 混同したのはなかったけど、面白かったのは、「僕はSFが大好きです。あなたもSFを描くんだったら、アインシュタインの相対性理論くらいはマスターして下さい」(笑)とかあって、ひえー、こんな難しいのどうやって… (笑)

光瀬 そうかと思うと、日蓮上人の一代記を書いて下さいとか、もうムチャクチャね(笑)
そういうのが2、3ありましたよ。それも字から考えると、おじいさんかおばあさんですよ、達筆でね。

萩尾 すごいですね、「チャンピオン」を読んでるんですか。

光瀬 孫のを読んだんじゃないかな。そしたら釈迦だ何だと出て来るんで、日蓮上人になっちゃった(笑)。

萩尾 なかなか幅の広い読者ですね。

米沢 あれで光瀬さんの読者が増えたということはありますか?

光瀬 おかげ様で、あれで僕の小説読んてくれるようになった人はいますね。

萩尾 私もあれで私のマンガ読んでくれる人が増えました(笑)。

光瀬 相乗効果だね。

米沢 その頃既にSF関係で萩尾さんは有名だった時ですよね。

萩尾 SF関係はちょっとしかなかったから、これ(「百億─ 」)で……。

光瀬 小説のSFと、SFマンガからちょっと変化して、アニメとかロリコンとか、時代がだんだん変わって来てるでしょ。あの頃はまだ小説とSFと、それすら生してない時ですよ。

米沢 わずか5、6年前ですけど。

光瀬 今だと吾妻ひでおもSFマンガの範疇に入れて考える読者もいるわけだし、少女マンガで描かれたSFというのもごく当たり前なんだけど、あの頃は画期的でしたよね。

米沢 萩尾さんは少年マンガとして描かれたんですか?

萩尾 とりあえず、そう考えて描いたんだけど、限界が……。

光瀬 あの後からSFの持ち込みが引常に多くなったそうですね。それと編集者が原作を頼みやすくなったんです。
つまり、書き下ろしの原作でも何でも頼みやすくなったっていうか、新しい商品ができた。それまでは少女マンガ家の作品とSFは結び付かなかったしね。SFって言えば、手塚治虫とか男のマンガ家という固定観念があったから。

米沢 そういう意味では、いろんな影響を与えた作品だったわけですね。

光瀬 そう思います。特に少女マンガの世界に与えた影響はものすごく大きかったような気がしますね。

萩尾 少女マンガ家の人は結構SFが好きなんですよね。SFを1本も描いてないような人でもSFが大好きで、学生の頃は「ミュータントサブ」みたいな話をえて描いてたって言うんです。少女マンガ家になったら、やっばり読者とかの問題でなかなか編集者が、うんと言ってくれなくて描けなかったみたいな……、昔はね。

米沢 全部学園マンガを描かせようとした時期ですしね。


衝撃的だった「日出処の天子」の登場

光瀬 少女マンガ雑誌の編集者というのは非常に保守的なんですね。冒険をためらう部分があるし、SFマンガを本人たちもわかってないし、何よりも編集サイドで、ああじゃない、こうじゃないと言えないのがひどく不安なんですね、情けないことに。SFマンガが少女マンガから敬遠されたいちばんの理由だと思いますけど。

米沢 でもSFの好きな編集者も結構増えてるようですが。

光瀬 商売と好みとは違うんですよ。初恋ロマンで行こうと思えば、そればっかりでね。

萩尾 たまにはうまくいくこともあるんですよ、特に最近では少女SF学園ロマンみたいな作品も、どんどん本に載ってますしね。年ごとに多様化して来てるみたい。
例えば、「日出処の天子」とか、これはもう衝撃でしたよ。SFと言ってしまえばSFみたいなところもあるし…。

光瀬「日出処の天子」は編集サイドじゃ、わかってないのね(笑)。

萩尾 そうです! よくおわかりで…。
それはそうと、一週間くらい前なんですけど、新聞に法隆寺の人が、「日出処の天子」にクレームをつけたっていう記事が思ってたんです。
その中に編集長の「あれはドラマだ」とか、山岸(凉子)さんの「あれはお話ですから」というコメントなんかもあったんですけど、白泉社の人に聞いたら、コメントした覚えはないそうで、山岸さんもそういうことは一切ないって……。どうも奈良支局のデッチあげらしいんですね。

光瀬 何てクレームをつけたんです?

萩尾 聖徳太子をあんな同性愛者みたいに描いてるのは許せないとか(笑)。
でも法隆寺の人もそんなクレームをつけた事実はまったくないんですって。

米沢「007」が姫路城からクレームついたし。

萩尾 姫路城ブッこわしたんですか?

米沢 壁に手裏剣投げたんですよ(笑)

萩尾 そういう実質的なことをしたらクレームがつきそうだ。

光瀬「子連れ狼」の中で、拝一刀を襲撃する側の総大将が柳生烈堂という人物なのてすが、実はこの人は実在の人物で有名な高僧なんですよ。それを刺客の親主にしたっていうんで、柳生家 からクレームがついたんですが、あれは問題があるような気がしますね。
だって太子がホモなのと柳生烈堂が刺客の頭なのとは違うでしょ。ホ モというのはあくまで個人の問題(笑)でしょう。聖太子がホモだからってどうってことはない。別に悪い奴じゃないし聖徳太子の世界観が変わるわけでもない。でも柳生烈常が殺し屋だと違ってくるのね。

米沢 最近、光瀬さんは歴史ものをお書きになってるんですけど、その辺の扱いというのは考えてらっしゃるんですか?

光瀬 非常に神経を使う部分ではありますね。山岸さんも大変だねえ。

萩尾 記事そのものが完全にデマだったんですね。

OUT 毎日新聞でしたか、かなり大きく出てましたね。逆宣伝にでもなるといいんですけど。

萩尾 中学の時、あの辺の歴史やってても、何がなんだかチンプンカンプンだったんですけど、マンガにされますと、「そうか、馬子はおじさんだったのか」なあんてね。

米沢「ベルばら」でフランス革命詳しくなったし、「カムイ伝」や「忍者武芸帳」で、その辺のことも詳しくなった。

萩尾 史実そのものじゃないけど、イメージが膨らみますでしょう。


若さとか勢いだけでは商品に成り得ない

米沢 秋尾さんは歴史ものに挑戦するとかは?

萩尾 そうねえ、私はうっかり屋だから、山ほとポカやるんじゃないかと。

米沢 最後はSFで逃げれば(笑)。

萩尾 そうか、その手があった(笑)

米沢 光瀬さんが歴史ものをお書きになっているのは……。

光瀬 最初から好きだったんですよ。書きたいと思いましたけど、SF書いてるうちはできないから。

米沢 歴史ものを目指していてSFを選ばれたのは何か理由でも?

光瀬 いや、やっぱりSFも書きたかったんですよ(笑)。今では歴史ものを書く方が楽なのかな、ストレートでね。

米沢 SFは難しい……。

光瀬 難しいですね。

萩尾 現実がどんどんSFに追いついてるからとか?

光瀬 そうじゃなくて、こちら側にエネルギーがなくなったのね。やっぱリSFというものは若い時代じゃないと書けませんね。
これは文芸全体から見ると、非常に由々しい問題ですね。若いうちだけしか書けないものが本当の意味で文芸なのかという問いかけが出て来るでしょ。今後の問題なんだろうけど……。

米沢 ただ、若い人たちにSFは書きやすいっていうのがあるみたいですね。

光瀬 そうじゃないんですよ。若いというのをいくつを指して言ってるのかわからないけど、今の中高生なんかが送って来るものって、もう見るに耐えないですよ。何というか…アニメの原作ですよ。
中学生や高校生がいくら頭ひねっても人生なんてわかるわけないのね。わかんない奴が人生について書くという妙ちきりんなことが罷り通っているのがSFですよ。
原稿を送りつけて来るのは構わないんだけど、ただ、そこから一歩も出ないてプロみたいなつもりで世の中渡っていく奴がいるのね。
そんなもんなんだろうか…。SFというものをナメちゃあいけませんね。そう言いたいな。アニメやマンガを見たりしてるうちに、なんとなく自分にも書けると思い込むんでしょうね。

米沢 それは言えますね。ましてショート・ショートなんか読んでると、僕も中学の頃「あ、これなら書ける」って書いた時期がありましたから(笑)。

光瀬 アメリカのスペース・オペラに毛の生えたようなのを書いてSFだと思ったり…。そのうち日本のSFは滅びるんじゃないかっていう気がするね。

米沢 萩尾さんとしてはどうですか? 一時、小説をお書きになってらしたけど……。

萩尾 おっかないねえ、もうやめたっと(笑)。

米沢 若い人たちはSFをサラサラ書いちゃうとこありますね。

光瀬 それは、盲蛇に怖じず、という奴で、アニメとかロリコンマンガなんか見てSFと思って書くわけですね。
「てにをは」は違ってるわ、形容詞は間違ってるわ、ひどいのね。平気で体言止めやるでしょ、もう小説じゃないですよ。

米沢 マンガ界はどうですか?

萩尾 現場にいませんから……。米沢さんはどう思います?

米沢 僕も現場にタッチしてないからよくわかりませんけど、どんどん若くなって来てるのは確かですね。ただ若 いという魅力だけで押しちゃうんで、熟成する期間がないというか、熱成した頃には捨てられるという雰囲気も、無きにしも有らずですね。
若い人の持ってる愛とか絵はやはり新しいと思うんですけど、でもそれがどうなっていくのかっていうのは、見えないですね。

光瀬 僕は若さとか勢いだけては商品には成り得ないと思う。品になる以上、程度に応じた完成度が要求されると思うんですよね。若いなら若いなりの、あるいは中年なら中年なりの、老年なら老年なりの完成度が。
大量生産できるから、これまでにないものだからと安易に若い人たちを使 い捨てにするのが罷り通っているんですね。少し前までは有力な新人はいたけど、今は無力な新人ばかりになった。少女マンガなんか見てると「こいつは3ヶ月したらどうなるんだろう」とか感じますね、そういうのが巻頭を飾るんだもの(笑)。

米沢 早いですね、今は。出てきて3ヶ月か半年で巻頭ですからね。
萩尾さんは巻頭になるまでどれくらいかかりました?

萩尾 あら、何年かかったかしら(笑)。5、6年かかったんじゃないかしら。1回まぐれでもらったことはあったけど、あれは持ち回り巻頭といって誰でもやれる巻頭でした(笑)。

光瀬 今はやっぱり編集長に見識がなくなったんですよ(笑)。プロなんだから世の中の動き見ててわかんなくなったなんてバカな話はない。
プロの目で見れば、自ずと世の中の流れは掴めるはずだし、この頃の新人を見るとわからなくなったなんていうセリフはプロじゃないね。そういう編集長はやめさせるべきだね。


思春期にインパクトを受けた音楽は後まで残る!

米沢 この辺でレコードの話に移りますが、以前、光浦さんの原作ではないけど、萩尾さんのジャケットでレコードが出ましたよね。

光瀬「宇宙叙事詩」ですか。

米沢 シンセが中心てしたけど、今回のレコードはどんな感じで作られたんですか?

小暮(コロムビアレコードの「百億─」の制作担当)ゴダイゴのタケ
カワさんに、全部内容的にはおまかせしまして、ゴダイゴサウンドっていうか、感性の世界で作ったんです。

萩尾 非常に明るい感じの…。

米沢 歌は入っているんですか?

萩尾 歌詞は入ってないです。シグナルみたいな声は入ってるけど。

米沢 光瀬さんはどんな感想を持ちました?

光瀬 非常に面白いですね(笑)。アトランチスの市の賑わいでしょうか。

小暮「市」という組曲で、7分くらいの大曲なんかお祭りの雰囲気ですね。

光瀬 あれが非常によかったですよ。

萩尾「愛と戦い」っていうのもキレイですね。

米沢 光瀬さんは音楽はよく聴かれるんですか?

光瀬 よく聴くんですけど、音楽に関してはまったく知識がなくて、なにしろクラシックと軽音楽という分類しかない時代の知識のままですからね。

米沢 昔は軽音楽の中に、ジャスも映画音楽もみんな入っちゃってましたね。

光瀬 非常に明快な時代ね(笑)。

萩尾 私はもっと明快ですよ、ほとんど聴かないから(笑)、音楽は音楽でしかない。

米沢 光瀬さんの小説に音楽を感じることがあるんですよ。

光瀬 音楽は好きですね、原稿く時には一日中ね。よく口ずさんでるし、 今の人の言う演歌なんか僕自身は演歌だと少しも思ってないんだけど(笑)。いろいろ聴きますね「ラ・クンパルシータ」とか「ビギン・ザ・ビギン」とかね。
だから何が好きかと聞かれるといちばん困りますね。歌手ではなく全部曲なんですよ。

米沢 今回のレコードについて、イメージされてたこととかはないんですか?

光瀬 それはないですね。

萩尾 私も別にないです。

光瀬 全然、音楽というのは関係ないわけ?

萩尾 私、わかんないですね、音楽っていうのは…。

OUT 以前、雑誌のインタビューで、 マンガのコマと音楽は関係あるというようなことを言ってらしたと思うんで すけど……。

萩尾 あ、リズムね。マンガのリズムってよく言うんだけど、相手にわからせるために、例えば…ということで音楽を持ち出してくるわけですね。

米沢 昔はビートルズが好きだったとか。

萩尾 ええ、あれがひとつの音だった(笑)。
「ポストマン」あたりから聴き始めました。その頃、マンガ家の福山さん(福山庸治についてはこちら→【福山庸治:九州時代の萩尾さん】)が、また高校生で「キーロックス」という同人誌の会長をしてて、この他に、福山さんをはじめ、4、5人で同じ名前のアマチュア・バンドを作ってたんですね。

米沢 そんなマンガを読んだことがあリます原田 (千代子)さんですか?

萩尾 そう、原田さんも同じ「キーロックス」の同人誌にいたんです。で、 私があの事実を基にして、ラブコメマンガを描いたという話もあるし…(笑)

米沢「私の好きなビートルズ」というイラストも確か出たような気が…。

萩尾 ええ、私が高校の頃はもうビートルズの全盛期でしたね。

米沢 その頃の音楽体験がずっと続いていると……。

萩尾 思春期にインパクトを受けたものが強いですね。後々まで残ります。

米沢 光瀬さんの思春期はいつですか?(笑)

光瀬 僕らは進駐軍時代でしたからね。アーニー・パイルとか、今はもうなくなったけど銀座の「三松」とか、そういう所へ、向こうの兵隊に連れられて行くわけね。
今にして思うと「マンボ・ナンバー5」のペレス・プラードとか、ビーナッツ・ハッコー、ナット・キング・コール、ドリス・デイなど当時の有名な演者の生演奏や生の歌声を聴いてるのね。

萩尾 進現軍時代とはいえリッチな暮らしですね。当時は銀座の近くにお住まいだったんですか?

光瀬 いや、銀座の「松屋」が、その頃進駐軍の専用デパートで、そこの7階にパーマネントが(笑)があってね、その電話番をやってたんですよ。

萩尾 じゃあ予約の電話が「ハロー、ハロー」とやって来て、光瀬さんが、「OK、OK」と言うわけてすね (笑)

光瀬 でも、アメリカ兵の英語ってひどいんですね。テキサスの方言とか、カンサスあたりの田舎言葉とか。
そういう将校の奥さんたちが来てたんだけど、ある時電話がかかってきて、「ミセス、ジャノメガサ」というのが来てるって言うんです。何度聞いても 「ミセス、ジャノメガサ」なんですよ。
その美容院は予約制なんだけれとも、偉い人の奥さんはいつでもいいんてす。誰だろう? って安首をかしげていると、5分くらいして上がって来た人は、「ミセス、ゼネラル・マッカーサー」だったんです(笑)。いや、怒られましてねえ。
それほど彼らの英語っていうのはメチャクチャだったんですよ。

米沢 他にその頃はどんな音楽体験を……?

光瀬 早川真平とオルケスタ・ティピカ・東京とか北村維章と東京六重奏団、 大橋節夫とハニー・アイランダース、渡辺浩とスターダスターズ、南里文夫とホットペッパーズなどですね。
当時は何とも思わないで聴いてたけど、今にして思えば非常に貴重な体験でしたね。

米沢 そういう体験が「百億─」に生きていると……(笑)。

光瀬 この間レコード店に行って、ドーナツと言ったら笑われちゃったけど(笑)


映画なしだと禁断症状が起こる萩尾さん

光瀬「OUT」っていうのは創刊何年になります?

OUT もうすぐ7年目になります。

光瀬 僕ねえ、創刊号持ってるんですよ。

米沢 創刊はSFか何かの特集でしたっけ?

OUT いえ、金田一春彦のね。

米沢 ハルヒコ?

光瀬 金田一耕助だよね(爆笑)。

OUT  ちょっとわけのわからない雑誌でね、ブラッドベリの特集なんかもやりましたけどね。

米沢 そういえば、光瀬さんは映画なんかはよくご覧になるんですか?

光瀬 いやあ、見ませんね。ものすごい偏見があるんですよ。

米沢 でも昭和20年代っていうのは映画の全盛期というか黄金時代ですよね。

光瀬 そうですけどね、もう、どこかから映画批評でも頼まれて、タダで見られるなんて以外は見ませんねえ。

米沢 SFなんかもまったく?

光瀬 まったく見ませんね。

米沢 萩尾さんはどうですか?

萩尾 私は好きだから、しょっちゅう見てます。禁断症状が起こりますし。
この間、「ザ・デイ・アフター」を見ましたけど、あれは非常に面い映画ですね。なんていうのかな、爆弾が破裂した状況っていうのには、ちょっと疑問が残るんですけど、でも非常にミステリアスタッチに、どんどん盛り上がっていくように作られていて面かったんです。
後で、TV放映用のため、凄惨なシーンはなるたけカットして作らざるを得なかったと「スターログ」に書いてあって納得しましたが……。
いちばん面目かったのは、麦畑の間から突然ミサイルが発射されるシーンで、あの恐怖っていうのは米国の人が、非常に身近な問題として持ってるんだろうなって……、核保有国なんだから、そういう感覚って面目かったですね。

米沢 日本人の感覚とはまた違いますよね。

萩尾 違いますね。

米沢 そばに今、核があるってわけじゃないですからね、日本の場合は。

萩尾 あったりして……(笑)
でも、いやですね。日本というのは細長くて海中から見たら岸のてっぺんに乗ってるような国なんでしょ。だから、今の水爆が1発あたれば全滅だっていいますものね。

光瀬 僕は広島に原爆が落ちてから、1週間後にそこを通ったんですけどね、列車の窓を全部閉めてたにも拘らず、なんともいえないにおいが入って来るのね、こげ臭いのとも違う……。

萩尾「ザ・デイ・アフター」で、死者をお墓にどんどん入れてくシーンがあるんですけど、「遺体を包む布がもうない」っていうセリフが出て来るんです。「そんなヒマないだろう!」って感じがして(笑)

光瀬 映画っていえば、今度スピルバーグの「トワイライトゾーン」やるでしょ、あれ、ちょっと興味あるねえ。

OUT 4話のオムニバス形式ですね。

光瀬 もともとテレビてやってたのは30分とか1時間のものですよね。

米沢 あの頃、よく見てたんですか?

光瀬 ええ、昭和37年頃でしたかねえ。

米沢「アウターリミッツ」とね。

光瀬「アウターリミッツ」より「世にも不思議な物語」の方がよかったねえ。

米沢 最近は光瀬さん、テレビは?

光瀬 うちはね、テレビって消えたことがないって感じね。とにかく朝6時半になるとテレビがつくのね。

萩尾「明るい農村」から始まる(笑)

光瀬 そう思うでしょ、そうじゃないんだよね。今、どうか知らないけど、突如としてね、アニメが始まるんですよ(笑)。

米沢 あっ、そうですねえ。


にんじんとかぼちゃが嫌いな光瀬さん

米沢 光瀬さんは食べ物で嫌いなものとかありますか?

光瀬 結構あるんだけど、にんじんとかぼちゃがダメですね。

米沢 あ、僕とまったく同じですね。でも、野菜って音と今とでは味がずいぶん変わって来ましたよね。

光瀬 アスパラガスなんて本当に違うね。今、北海道なんかで小ぎれいに栽培するようになってから、アスパラガスは堕落したんですよ(笑)。

米沢 にんじんは食べられることは食べられるんですか?

光瀬 逃げはしませんけど(笑)。やっぱり味だね、にんじんてのは(笑)。
僕はね、戦中岩手にいてかぼちゃ作ってたわけ。そこにね親戚の人が疎開して来たんだけど、食べ物がなくてね。その人がある時、かぼちゃの所で立ち止まってたんですよ。
ああ、この人は食べたいんだなあって思ったんだけど、やらなかったんですね。それから2週間くらいして、その人、ポックリ死んじゃってね。あの時、かぼちゃ食べさせてリゃよかったなあと思って、それ以後かぼちゃが嫌いになっちゃったのね。自責の念にかられてるわけですよ(笑)。

米沢 萩尾さんは好き嫌いは?

萩尾 私はレバーとかナマコとかダメですね。

光瀬 洋食党ですか、和食党ですか?

萩尾 どっちも好きですけど、やっぱり年をとってから和食党になりました。


萩尾さんの秘められたる暗〜い初恋!?

米沢 この辺で、これからの仕事についておうかがいしたいんですけど。萩尾さんは、しばらくは「メッシュ」ですか?

萩尾「メッシュ」はね、次の回で終わリまして、その後新連載を起こす予定なんですよ。

米沢 それはSFですか?

萩尾 いや、まだ決めてないんです。

米沢 この間読んだんですけど、シャム双生児の話で「半身(←原文まま:「半神」の誤植)」とかありましたよね。かなり気持ちの悪い話でしたけど、ああいうのわりと趣味なんですか?

萩尾 そうですねえ、ああいう気持ち悪いの傍にくっつけていただきたいとか、そういう願望があるんじゃないでしょうかね(笑)。

光瀬 今、学園初恋ロマンなんていうのは、まったくやりませんか?

萩尾 私ね、初恋に関しては暗ーい過去があるんですよ(笑)。とてもステキな人がいて付き合ってたのね。手紙を書くのが好きな人でよく手紙が来るわけ。で、こっちも返事を喜んで書いてたんだけど、その人、付き合いの広い人であっちこっちの女の子に手紙を出してたんですね。
ある時、知り合いの女の子が、その人に手紙もらったっていうんで、クラス中に見せてたのね。私、頭に来まして、その人にニコニコしながら、「あなたA子ちゃんにも手紙出したんですってね。A子ちゃん、よっぼとうれしかったのね、クラス中の女の子に見せてたわよ」って言ったらね、その人顔色をハッと変えまして 「A子さんがそんな人だとは知らなかった」ってね。
私は驚いたふりをしまして、「えっ、 どうしたの? 悪いことを言ったかしら」って、ぶりっこしてね(笑)。だから、初恋っていうと、こういう女の性(さが)を表さなきゃならないんで、どうも…。

光瀬 今、有力な新人とかいますか?

萩尾 あっ、秋里和田さんかな。「週刊少女コミック」に描いてる人で、とっても若い女の子なんてすけど、すごく美人なんですね。
絵が明るくって、なかなかの線だし、シャレてて、もうビックリ、ビックリ。

米沢 光瀬さんは「平家物語」、どれくらいまで続くんですか?

光瀬 5巻の予定てす。

米沢 最近、SFが少なくなってきてるようですが……。

光瀬 SFから足を洗おうと思ってます(笑) 「平家」の後はね、「太平記」をやろうと思ってるんです。「平家」が前編、「太平記」が後編ていう関係ですからね。

米沢 やはり興味があるのは、あの辺りですか?

光瀬 そうね、あの「建武中興」あたりは面白いですね。

米沢 明治以降の現代史っぽいところはどうですか?

光瀬 明治以降になるとつまらないね。僕はね、明治維新っていうのが大嫌いでね、ロマンもヘチマもないものね。

萩尾 終戦後の進駐軍下の時代なんかはどうですか?

光瀬 面白いですけどね。

米沢 あの辺の風俗っていうのは、まだあんまり書かれていないと思うんてすけど……。

光瀬 まだね、評価できないんじゃないかと思うんてすよ。今の人は、特に若い人たちですけど、アメリカってものを非常に高く評価してますよね。だから、そういううちって、戦後の評価はできないんじゃないかって気がするんですよ。

米沢 もう少し時間が必要なわけですね。
それでは、今後のおふたりの一層の御活躍をお祈りしまして、この辺で…。

OUT 今日は、この大雪の中お集まりいただきまして、本当にありがとうございました。

Menu

メニューサンプル1

管理人/副管理人のみ編集できます