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【福山庸治:九州時代の萩尾さん】
テレビランド増刊イラストアルバム6 萩尾望都の世界


テレビランド増刊イラストアルバム6 萩尾望都の世界
出版社:徳間書店
発行日:1978年07月30日


資料提供
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/gcomic/163456...



九州時代の萩尾さん
福山庸治
(画像に続いてテキスト抽出あり)


※誌面「福山庸二」は誤記、正しくは「福山庸治」です


九州時代の萩尾さん
福山庸治

「従妹に漫画家志望がいるよ」という友人の仲介で、当時高校1年生の漫画少年であった私は、彼の従妹のHさんを知り、さらに彼女の親友である萩尾さんを知ることになった。

当時萩尾さんは父君の仕事の関係で、大阪に在住していたのであるから、九州の一角に住む私が彼女を知りえたのはまさに奇遇としかいいようがない。しかも、その後すぐに彼女は家族ともども、故郷大牟田に戻ってきたので、対面する機会は意外に早くおとずれた。

初対面のときの萩尾さんは、なぜか極度に緊張、興奮していた様子で、まるで台風のようなけたたましさであった。長目の髪を三つ編みにした彼女は顔を紅潮させ、九州なまりの大阪弁で矢継ぎばやに私に質問を浴びせてくるのである。「ペンはどんなン使ってはる?」「ああああの、ふふふふふつうの...」「紙は? ケント紙? フンガー、ウチ使ったことあらへん」「はははははっ、そそそそ...」「矢代まさこ、知っとる?」「だだだだだれ、そそそれ?」

彼女は「フンガー」とか、すてゼリフともつかない、わけのわからないことばをまじえながら、クリクリと光る眼で私を見すえ、身を乗りだして私に食いさがってくるので、私はジリジリ後退し、アイソ笑いもしだいに顔面神経痛のごとくひきつりはじめ、ことばは急性吃音症におちいり、体内はアドレナリンの湖と化し、ついにその日は寝つくまでからだのふるえがとまらなかった。「なんて凄まじい人なんだ!?」と私は思ったものである。

ただ、萩尾さんの名誉のためにもことわっておくが、彼女はじつに物静かで、おっとりとした、躾の正しい、思慮深い女性であるとともに、あまり感情を外にあらわさない( なくとも私に対しては)内向的な人だったように記憶する。事実、後日談によると、あの日の萩尾さんはあとでなにをしゃべったのかさえおばえていないほど、興奮していたという。なにが原因であったか、私は知るよしもない。ただし、時折放つ「フンガー」とか、すてゼリフめいたことばは、その後もあいかわらずであった。

当時から萩尾さんは、じつに素朴で情感のある絵を描く人だった。彼女はペンもケント紙も使わず、大学ノートに鉛筆だけで描いていたが、それも単なる少女の絵がほとんどで、余白の部分にややクセのある字で散文やら詩などを書き添えただけのものだった。…にもかかわらず、それらの無造作な絵は、従来の少女漫画のイメージとは一線を画しており、本格的な情緒、ロマン、あるいは奥深いイメージ世界を喚起するものであった。それは明らかに現在の「萩尾望都」の世界を、すでに内包していた。

私たちで作った肉筆同人誌でも、彼女の人気は高く、私なども欠点を捜しだすのに苦労をしたほどであった。事実、私は彼女の「世界」に嫉妬を感じることもあったが、むしろ、私たちのグループのなかに、彼女が存在していることを誇りにも思っていた。私からも彼女にペン描きを再三勧めた。萩尾さんほどの
実力の持ち主ならば、すぐにでも雑誌に載るはずである。しかし、彼女はなかなかペンを持とうとしなかった。ペンには自信がないともいった。あいかわらず鉛筆で描いているだけである。私などまわりのものには、やはりじれったく感じられた。しかし、いまにして思えば、彼女はあの時期にじっくりと漫画の方法論なり、自分の世界なりを構築しつつあったのだろう。私などがロクにアイディアもないくせに、やたら作品の体載を整えたがり、あげくのはて、中途で挫折した駄作の山を作ってしまうのに反し、彼女はなかなかに慎重で、作品にまでもっていこうとしない。アイディアがうかぶと、いくつかのカットと文を大学ノートに書きこむだけだった。そして、そうしたノートは数冊にもおよんだ。大学ノートにギッシリと詰まったアイディアの数々、さまざまなキャラクター。現在の彼女の世界は、それらの一つ一つが、いろいろに姿をかえ昇華していったものであろう。萩尾さんがペンを持つようになってからのデビューは、あっというまだった。

さいごに萩尾さんの奇癖を一つ……。
彼女は他人のことばをユニークに聞き違えるのが得意であった。「ああー、カキゴオリが食いたい」と私。「えっ、なに、ハゲゴキブリ が食べたい!?」現在、彼女はどのような聞き違えをおかしているだろう……。
(漫画家)

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