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【対談:竹宮惠子・belne:後編「天馬の血族:完全版8」2003年】

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対談:竹宮惠子・belne:後編「天馬の血族:完全版8」
インタビュー構成:梅澤鈴代
収録日:2003年05月07日
収録場所:角川書店会議室
(図版に続いてテキスト抽出あり)







1巻からお送りしている竹宮先生のロングインタビューもこれで最後となります。
最終刊では、7巻に引き続いてbelne先生との「天馬」対談の後篇をお届けします。
belne先生が聞き出した、今までに誰にも明かしたことがなかった竹宮先生の秘密とは?!
オルスボルトやアルトジンを始めとした各キャラクターの制作秘話など、
『天馬の血族」の裏話が盛りだくさんです!



本音のキャラ・オルス

belne:アルトジンとオルスボルトでは、どちらが先生に近いんですか?

竹宮:微妙ですね(笑)

belne:私は最初、アルトジンかなあと思ったんですけど、後から先生の性格はオルスボルトだとわかりました。でも、やろうとしていることは、アルトジンという感じですよね

竹宮:ああ、そんな感じかな。オルスボルトは、私の作品の全キャラクターの中でも、もっとも私に近い存在かも知れない。自分が今まで出してなかった本音の部分で作ったキャラクターだから

belne:本音はこんな単細胞だったんですね (爆笑)

竹宮:複雑そうに見せておいて、中味はこんなだったんです(笑)

belne:今まで作品に出していた繊細さは、すべてフラクタルな感性部分で処理してたんですね。脳の本なんかによると、それって正しいみたいですよ。そうすると、より複雑なものを迅速に処理できるらしいです。でも、オルスも魅力的ですけど、ロトやサイードみたいなキャラもいいですよね。自分が物語を作る側として見ても、読者として見ても、主人公に匹敵するぐらいの存在感を感じます。ロトやサイードの側から見ると、オルスとかアルトジンが、お互いの認識とはまた全然違ったキャラに見えてくるんですよね。むしろ、読者としては彼らの視点がデフォルトなんじゃないかと思ってしまったりして

竹宮:ロトやサイードみたいな人がいないと、人間、困ってしまいますからね。オルスボルトは私の本音部分だけど、それだけだったら私も困るし(笑)。現実の生活でもそうだけど、何かをやるにしても全員が突っ走っちゃったらダメなんですよね。ちゃんとストップをかけてくれたり、状況を見たり、説明してくれる人がいないと、とんでもない結果になったりする。だから、ロトやサイードみたいな人が出てくるのは当然のことかなと思ってます。作家としては、読者に対する説明責任もありますし

belne:でも、それ以上に、ものすごく魅力的な気がするんですよ。特にロトのストーリーの中の位置とか。彼は最初と最後では信じられないぐらいの成長を遂げましたよね。この子が主人公でもいいぐらい、もしかしたらこのキャラが主人公なんじゃないのというほどの変貌で

竹宮:彼はうちのマネージャーのご贔屓なんですよね

belne:ああいうキャラクターは、やっぱり描いていて楽しいですよね

竹宮:そうですね、楽しいというか……語れるキャラクターですね

belne:物語として必要なキャラというだけじゃない気がするんですよ、先生にとって

竹宮:私のいちばん理性的な部分……あまりない貴重な理性ですからね(笑)。過去のキャラで言うと、『風木』のカールとかパスカルといったキャラクターの立場ですね。私の常識でもあり、作品の常識の部分です



鏡は嫌い

belne:ロトの前で恥ずかしくない自分に戻ってくればいいんだ、みたいなことをアルトジンが言ってましたよね。自分が天馬だって分かってしまった後に、ものすごくロトの存在を渇望するシーンで思ったんですが、今までの先生の作品の中にも、誰かの目に鏡として映した自分の姿を意識する主人公が結構いるなと

竹宮:それもやはり、私によくあることだから描くんだと思うんですよ

belne:先生にも目を意識する人がいらっしゃいますか?

竹宮:いますね。その人にいきなり怒られて、我に返る状況がよくあるから。 突っ走っちゃってて、いきなりザッと水をかけられるような

belne:ユーミンの歌の『卒業写真』のあの人ですね(笑)

竹宮:ここにもそこにもあっちにも、複数いるんですけどね、私の場合

belne:それで漫画にもたくさん出てくるんですね。 アルトジンにとってはロト、オルスボルトにとってはサイード、帝にとっては蓮姫。イスマイルにさえ、そういう人がいたときには驚きました。あの兵士の人

竹宮:実は鏡って嫌いなんですよ。正体を自分で見るのがすごく嫌。 自分で思ってる自分って、鏡に映ってる自分とは全然違うのよね。どう違うのかと聞かれると説明に困るんだけど。鏡を見るたびにギョッとする感覚ですね。『これ誰!?』みたいな

belne:…野生動物はそうだっていいますね(笑)。うちの猫がよくそうなるんですが

竹宮:この年になって、どうしていつまでも慣れないんだと思うんですが、ダメなんですよね

belne:自分の漫画で、主人公が野生の生き物だということを現すために、そういうエピソードを使ったことがあります。もしかして他者に映した自分の方が、まだ本質に近く感じられるとか?

竹宮:そうそうそう。でも他者が見ている自分は、鏡に映っている自分なんだよね。そう思うと変な気がするんです。この顔をした人がこんなことを考えて、話してるんだと思うと、すっごく気持ち悪いんですよ、私は

belne:それは、自分がイメージするところの形を、ある程度パブリックイメージとして保っているからじゃないかと思いますよ。コロコロと変わっちゃう人っているじゃないですか。ファッションとか髪型とか目の色とか、中にはしゃべり方まで変わっちゃうような人にとっては、あまり問題じゃないことだろうと思います。だけど『風木』とか『イズァローン』とか『天馬』とか、特に長編の精神性の高い作品を見ると、主人公を映す鏡としてのキャラクターがすごく重要だったりするので、先生が鏡がお嫌いなのが意外でした。それとも、嫌いだからこそそういう描写になるんでしょうか? 初めて聞きましたよ、そんなこと

竹宮:実は嫌いなんです。まあ、こんな話を年中しているわけじゃありませんからね(笑)



一人で抱え込むこと

belne:先生の中には、帝的なアンドロギュヌスの部分もあるんですか

竹宮:それはありますね

belne:帝って、何重にも悪役に作ってしまわれたキャラですよね。どの立場から見ても悪役でしかないキャラ。ただ、アルトジンは帝をそれほど悪役として捉えてはいないのかなと感じたんですが

竹宮:アルトジンはあまり白黒で判断しない人なので。善悪とか正義と邪悪とか分けないんです。精神だけで物を見ているような子ですね。帝って、気の毒な人なわけですよね。だから、こうなっちゃったんだみたいな

beine:悪役になった理由を考えちゃう?

竹宮:だからこそ理解できるという感じなんじゃないかと思います

belne:自分も天馬だし

竹宮:同族意識はないんだと思うんですけどね。自分が天馬だと理解はしていても、意識はしてなかったと思うから

belne:この間ある人に、当事者感覚のない人は、何に対しても批判的だよって言われたんです。アルトジンは逆ですね。当事者感覚があるから、批判的にはならない

竹宮:これもまた私の考えが出てるんでしょうが、帝のような、ああいう場所にいる人には誰にもわからないことがあるんだと思います。それこそ、いちばん近い聖蓮台にもわからない部分、自分一人しか持ってない部分がある。特に帝は一人で抱えていることが多いんじゃないかな。そしてアルトジンにもまた、自分一人にしかわからない部分があって。そういう意味では、まったく同じといってもいい二人なんですよ。だからこそ、わかるんじゃないかと

belne:感情移入ができるし、和解することを諦めないわけですね。最後の方で帝を説得しようとしますよね。今後に及んで、戦うんじゃなくて説得なの!?と驚愕したんです(笑)。普通の漫画だったら──って、普通じゃないみたいな言い方ですみませんが──アルトジンかオルスのどっちかが、帝と正面衝突してエスパー戦争になって終わりですよ

竹宮:それは『地球へ…』でやったから(爆笑)

belne:ええっ、でも『地球へ…』のラストって、そんな派手なエスパー戦争という感じではなかった気がするんですが。どちらかというと戦ったのはコンピューターとで、キースとジョニー(原文ママ:正しくは「ジョミー」)は直接対決はしなかったですよね

竹宮:だってキースは普通の人だから、戦いようがないもの

belne:でも、普通は戦うんです(笑)。『地球へ…』も思ってたのとは全然違うラストで、とてもビックリした覚えがあります

竹宮:私としては、こういう長い話を描いている場合は流れるべきところに流しているつもりなんですけど(笑)。アルトジン、オルス、帝の性格を考えると、こうなるしかないかなという展開になってるハズ



帝のその後

belne:イスマイルは絶対に死ぬキャラだと思ってたんですけど

竹宮:ドラマCDでイスマイル役をやってくださった故・塩沢兼人さんも、『絶対に死ぬキャラですね』って仰ってたんですけどね

belne:『イズァローン』も、読者が思ったのとは全然違うラストを迎えてますよね。あの時に竹宮惠子って、読者に対してこんな残酷な人だったんだなあって思ったんです。だから『天馬」は身構えてたんですけど、スト ーリーとしては大団円で…でも、帝は可哀想ですよね。どこいっちゃったんでしょう

竹宮:また出てきたりしてなんて話をしたこともありましたね、アシスタントさんたちと

belne:私も帝のその後だけは気になってしょうがないです

竹宮:だってもう帝じゃないし

belne:そうなんですけど。化け物になってるんですけど、その後が知りたいんです。帝になってなくていいんだったら、あの形がデフォルトで、本人にとっても気楽な形なのかなあとも思いますが。海の中で自由に漂って、魚とか食べていたりして

竹宮:そんな風だったら幸せですよね

belne:幸せなんですか、帝のその後は

竹宮:どうでしょう(笑)。気になるところに答えてないという意味では、私の漫画って不親切ですよね。読者サービスしてないなって思います

belne:『天馬の血族』は、本当に予測を裏切る展開の連続でした。 何度雑誌を持って、ひっくり返ってしまったことか。直接、先生に電話かけたこともありますよね

竹宮:何のときでしたっけ

belne:サイードを殺したときです。『世の中で殺しちゃいけないって人がいるなら、この人だけは殺しちゃいけないのに、その人を殺したね!?』 って抗議の電話を(笑)

竹宮:そうでしたそうでした(笑)

belne:その時の先生の一言は、『次の号をお楽しみに』でした。オルスの反応を待ってねって言われたんですよ

竹宮:そうだったっけ(笑)。でもサイードは死んでくれなきゃ困るんですよ。必然性がちゃんとあったんです。彼の死でオルスが動くんですから



読者をコロコロ転がす快感

belne:読んでいて、あんなにハラハラドキドキする漫画もなかったですね。『地球へ…』 とはまた違った感じで、展開が読めなかった。長い間、竹宮先生の漫画を読んできましたから、いつもなら話がどこへ行くか、だいたいわかるんです。テーマがわかりますから。でも、テーマがわかって、最終的に話が向かう場所もだいたいわかっているのに、展開が読めない。スーパーマンだと思って安心していたオルスボルトは捕まっちゃうし、死んじゃうし

竹宮:そういう展開の仕方は、私が小さい頃に描いていた鉛筆漫画に似てるかも知れないですね。毎回がクライマックスというような。だからある面では、サービス精神旺盛な漫画だとも思います。連載でも短いとダメですが、この話は長くてページがあったから、読者を転がす楽しみを入れられたんです

beine:まんまと転がされました……。月刊で転がされると辛いですよ。1か月先が

竹宮:私って話の先読みができないように展開していくのが好きなんですよ。私が新人だった頃、少女漫画は先読みできるものが多かったんです。それが嫌で、普通の少女漫画を描かなかった面もあります

belne:『天馬』でいちばん嬉しかったのは、最終回にお手伝いに入れたことですね。フィナーレを一緒にできたことは何よりの思い出です。最近、和モノやアジアンテイストが流行っているじゃないですか。懐古趣味というか、昔ながらの生活も見直されてきてますよね。だから今、『天馬』が愛蔵版として出版されるのって、タイミング的にもいい感じがします

竹宮:逆に、今連載してるとちょうどよかったのかもね

belne:竹宮先生は、いつも3年早いから(笑)

竹宮:『天馬』でもだったのね(笑)

(おわり)




全8巻データ(表紙・裏表紙・奥付)
竹宮惠子「天馬の血族:完全版」2003年

竹宮惠子ロングインタビュー
竹宮惠子ロングインタビュー「天馬の血族:完全版」2003年

他の作家からの寄稿
Special message to Keiko Takemiya「天馬の血族:完全版」2003年

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