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【竹宮恵子「わたしのまんが論」りぼんデラックス1976年夏の号】

資料提供:https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/gcomic/168051...



りぼんデラックス1976年夏の号
発行日:1976年09月20日
発行所:集英社





りぼんデラックス1976年夏の号230-233ページ
わたしのまんが論
──ワンダー竹宮・恵子ランドへの招待
(図版に続いてテキスト抽出あり)






わたしのまんが論
──ワンダー竹宮・恵子ランドへの招待

作者近況
最近、竹宮先生のところへ、アメリカの『ニューズウィーク』誌から取材申し込みが。日本のまんがブームはついに世界の注目を集めたわけ。今先生は英会話の特訓中です。



★Part-1

ワンダー・タケミヤ・ケーコ・ランド
私のまんがの世界

私の友人に、ウィーン少年合唱団の熱烈なファンがおります。ある日彼女が、何年もかけて集めたという合唱団の写真、数百枚を私の前に並べ「好きな写真をあげるから、選んでごらん」と、申しました。私も合唱団の大ファンでしたから、喜んで20枚ほどもらい受けました。

「変わったのばかり選んだのね。」私の選んだ写真を見て、友人が首をかしげました。

改めて、手の内の20枚をながめると、それは団員がバスのステップに、飛び乗らんとするスナップだったり、少年たちが、いっせいにかけ出す瞬間であったり……20枚の写真すべてが、なんらかの形で、少年たちが「動いている」状態のものばかりだったのです。

昔から私は、動いているものが好きでした。停まってボディを輝かすよりも、疾走する車を、ほほえんでポーズする人よりも、走る人を、私は美しいと思いました。

たとえば人が、全力で高い棚を飛び越えようとしている様を、紙の上に再現できないものだろうか、こんな発想が、私のまんがの出発点になったといえましょう。

「動いている」という、三次元の世界の状況を手近にある紙という二次元の世界で、表現しうるのだ、という素朴な発見は、たちまち私を夢中にさせました。

「私のまんが」には命ともいうべき、ふたつの特徴があります。ひとつは、

☆動き 生き生きした絵。コマからコマへの躍動感。

もうひとつは、

☆〈簡略化〉された絵。できるだけ単純な線で、複雑なものを表現する。

自由なコマどり、大なカメラアングルといった、映画的手法をまんがにとり入れて、現在のまんが手法を確立されたのは“まんが界の王様”手塚治虫先生であります。その後石森章太郎先生、水野英子先生といった諸先輩方がまんがを絵画的に、あるいは技法的に広げていった──それでも、諸先輩が築きあげてきた「まんが」の骨子は、やはり「動き」と「簡略化」にあると思うのです。

この手塚先生以来の、まんがの流れを受けとめていきたい、というのが私の心からの願いなのです。

私のまんがも、時流にあわせて表面的な表現法は、変化してゆくかもしれません。しかし根底では、このふたつの特徴が、私のまんがの命となっているのだ、ということを忘れまいと思っています。

などと、えらそうに申しておりますが、デビュー当初から私が、このような考えを持っていたかといえばさにあらず。描き始めたころは、ただもう描く(表現する)ことに夢中で、自分のまんがをふり返ることなど、思いつきもしませんでした。

ところが、好きで描き続けていたにもかかわらず、ある時、スランプという奇妙な状態に陥り、いやおうなく自分のまんがの本質を求めざるをえなくなりました。

「動き」と「簡略化」を主体とするまんがこそが、自分の世界だ、との結論をえたのはごくごく最近のことなのであります。



★Part-2

スランプは迷路の世界

デビュー以来、まる8年、まんがで命をつないでいます。

描き始めてからは、10年ちょっとというところでしょうか。まんが家になろうと決心してから2年ほどで、この世界にデビューしその後は順調に仕事が入り、まんが家のなんたるかを考えるヒマもなく、4年という年月を過ごしました。

──そのころから私は、少しずつ妙な疑惑にとらわれ始め、まんがが描けなくなってしまいました。

旅行に出たり、引っ越しをしたり、気分転快をはかりましたが、まるでダメ。穴に落ち込んだ不思議の国のアリスのように、不振の谷底へと迷いこんでしまったのです。

何が原因か、わかっているようでもあり、わかっていないようでもあり、とにかく靄の中をさまよう状態で右往左往していました。

それでも描くことだけは捨てきれず、心の中に頭をもたげる邪心(自分のまんがへの疑問や不安)をあらん限りの力で、払いのけて仕事を続けました。いつの日か忘れた「自分の世界」をとりもどせると信じて。しかし、困惑と自信喪失の中で、説得力のある作品が生まれるはずもなく、事態は悪化するいっぽうでした。

3年間、低迷状態は続きました。 そして1年前のこと、このままではダメになる、ほん とうに描けなくなる、という危機感の中から、がむしゃらに立ち上がる決心をして、山ほどの仕事を引き受けることにしたのです。

SFも描く、コメディも、ファンタジィもシリアスも、とあらゆるジャンルに手をのばし、1作1作が実験作だという思いをこめて描きました。結果として、良い作品も、悪い作品も出したと思っています。

1年間の全力疾走の後、おぼろげながら自分の世界がもどってきたなという確信を得たのは、昨年の末も末、除夜の鐘を聞くころでした。

低迷状態の最中では、苦痛が先にたち、迷路にまよい込んだ原因の究明やら、脱出の方法を考えることに、頭がまわりませんでした。

が、一段落したあとに2度と再びあのような迷路に入りたくない、という気持ちから懸命になって、自己流の原因分析をおこないました。

以下がその結論であります。

私は少年まんがの世界で育ちました。『009』や『鉄腕アトム』の活躍に胸おどらせ『伊賀の影丸』や『スーパージェッター』を心の友とし、自分自身も、宇宙服に身を包み、銀河をかけめぐる少年と化すことを望みつつ、大学ノートに、少年まんがばかり描いておりました。

少女まんがの世界にデビューしたのちも、「少女まんが的感覚」が理解できず、少年を主人公とした作品ばかり描いていました。本来私自身が、男っぽい性格で、そのうえまんがの技術も感覚も、少年まんがから吸収してきたものですから、私の作品は少女の好む、「きれいな絵」とはほど遠く、「アクが強い」「動きが激しく大胆で奔放すぎる」と評されました。

自分の絵が、人に好まれないことなど、おかまいなしに描き続けておりましたが、そのうち少女まんがの時流は、はっきりと私とは逆の方向に流れていきました。

繊細なタッチとリアルな画面で、絵画(イラスト)風にまとめるという手法の大流行です。

これらの作風に比べると、私の描き方は、「荒々しい」「絵がきたない」「感覚が古い」 という、痛烈な批評のパンチを受けることになったのです。古い、きたないといわれようと、流行にあわせて、自分のまんがを変えることには断固たる抵抗感があり、私は困り果て、ついには闘うことをも、放棄しようとしました。

最終的に私は開き直り、とにかく人がなんといおうと「自分のまんがはコレなんだ」と自信を持っていいきれるものを描き、世に問ういがいないのだとの結論に達し、描いて、描いて描きまくる事態を、迎えたようなしだいです。

しかしながらスランプに陥って、ようやく「そもそも私は、なぜまんがにほれこんだのだろう?」「私のめざすまんがとはなんなのだろう」という、本質への問いかけが始まりました。

この文の最初の部分に示した「私のまんがのふたつの特徴」のくだりは、こうした困惑のはてにえた、自己流まんが分析の結果なのです。



★Part-3

まんがを通じて私は語りたい

私にとってまんがは「言葉」であり、コミュニケーション(伝達)の手段のひとつです。

私は自分自身を善とも悪とも断言しがたいからこそ、まんがによってあなたや、そとの世界に働きかけているのです。

「私のこの考えはどうでしょう? あなたはどう思いますか、いいですか、悪いですか?」 そんな問いかけが、私のまんがのすべてなのです。そしてこの問いがなければ、私はまんがを創ることができなくなります。

私はまんがを通じて、物語(ストーリー)を語りたいわけでもなく、絵を評価してもらいたいわけでもありません。私の心の中に生まれた「何か」を、あなたの頭の中に映像として(または思想として)受けとめてほしいのです。私の投げかけた「思い」を、すべてそっくり受けとってくれる人もありましょう。(これはきっと私と同種の人間です。握手しましょう!) あるいは半分、あるいはごく一部しか受けとれぬ人もいます。もちろん反論をとなえる人も出てくるでしょう。でも受けとめた量の多少や、映像が違っていても全然かまわないと思うのです。

肝心なことは、私の映像を受けとったあなたが、それを何につなげてゆくか、ということです。あなたの生き方、あなたの感じ方、あなたの言葉使い、あなたの愛し方……そんなもろもろの、どの部分でもいい微々たる量でいいから、何かの影響を残せたなら!!

──わたしは放射能でありたいのです。放射能光線が、遺伝物質を替える力があるごとくに。

毎日毎日、私はまんがの中で、人間とは何か世界とは何か、愛するとは、悩むとはなんなのか、あなたと私の存在はどこでどうして結ばれるのか……山ほどの、こんな問いかけを作っています。

それはたぶん私自身の試行錯誤でもあるのでしょう。まんがが私に、そうさせるのです。試行錯誤の果てに、どんな小さなことでも、「何か」が私の中で理解できた時、まさに空を翔ける思いがします。まんがの楽しみ、それはこの瞬間をおいてほかありません。

いわばまんがは私にとって「飛翔」なのです。

私はまんがを通じて皆さまに問いかけます。ですからどうぞ、返事をください。

私の作品の感想を──あなたが私の「思い」 をどう受けとめてくださったか、聞かせてください。

読者の感想が、私にはね返ってきた時、私ははじめて自分のまんがの作業が完了した、とみなしています。私のいちばん好きな言葉は「我が仲間」なのですから!

 ☆ ☆ ☆

──最後にひとこと。まんが家がまんがいがいの手段で自分を語るってのは、しんどいことですなあ!

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