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【中島梓:未曾有の時代】

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別冊太陽〔少女マンガの世界2〕昭和38年-64年
出版社:平凡社
発行日:1991年10月17日




「別冊太陽〔少女マンガの世界2〕」88-89ページ
未曾有の時代
中島梓
(図版に続いてテキスト抽出あり)





未曾有の時代
中島梓

昭和五〇年代は少女マンガにとって、大変革命的、かつ記念すべき年代だった。いうまでもなくその時期を中心として、いわゆる「24年組」が従来までの少女マンガにまったく新しい風を吹き込んだ時期であるからだ。

24年組と通称するけれども、中には二三年生まれの池田理代子、二五年生まれの竹宮恵子たちをも含めている。むしろ、同世代である、ということよりも、その作風に何か通じるものがあったといっていいだろう。

彼女たちが嵐のように登場するまで、少女マンガは「要するに少女マンガ」でしかなかった。お目々に星キラキラの、ありきたりなストーリー、少女たちの心の微妙な揺れや初恋や生活の中のささいな哀歌、それをこまやかに描いて少女たちには支持を受けていたけれどもしょせん「女子供のマンガ」という蔑視を受けるようなものでしかなかった。内容がそうだったというよりも、男たちは「女子供」の世界に対して共感を持とうとはしなかったし、それまでの少女マンガは(不思議なことに、しかしそれ以前のほうが実際には少女マンガが男性の手で書かれている率は高いのである──望月あきら、鈴原研一郎、江原伸、吉森みきをなどだ)要するに「少女たちが過渡的に読む少女小説のマンガ版」としてしか見られてはいなかった。無害でもあったし、女子供でもあったのだ。

そういう社会通念にやにわに叩きつけられた「24年組」の挑戦はしかし鮮烈で、あまりに強烈であったのでひとつの文化現象だったという印象さえ与えた。それはまったくふいにはじまり、そして怒濤のようにマンガ界を席捲したように思われる。何がそもそもこの怒濤の最初のきっかけだっただろう……。

24年組の作家たちも最初から24年組だったわけではない。その萌芽はむろんぞれぞれにあったにせよ、木原敏江も竹宮恵子も最初からああした作風であったわけではなかった。木原敏江の『どうしたのデイジー』や竹宮恵子の『空が好き!』から、まして山岸涼子の『アラベスク』から、後年の代表作を想像し得たものはいなかったはずだ。

それはおそらく萩尾望都が口火を切った。『11月のギムナジウム』──のちの『トーマの心臓』や『ポーの一族』のかげに隠れてむしろ小品のようだけれども、これは最初の画期的な作品──「少女マンガが表現でありうる」ことを証明してみせた最初の作品であったのだ。それにはテーマ性があり、複雑な生と死への観相があり、そしてこまやかな感受性と芸術的な世界を見る目があった。

だがまだ大半の読者たちが何が起ころうとしているのか充分に気づいていないうちに、次々と事件とさえ呼ぶべき出来事が起こりつつあった。池田理代子の『ベルサイユのばら』、 木原敏江の『エメラルドの海賊』、竹宮恵子の『ファラオの墓』などが次々にあらわれてきた。そして大島弓子、青池保子、山岸涼子──。

あるジャンルには必ず、才能ある作家たちが集中してあらわれる一時期がある。いや、そういう時期があってはじめて、あるジャンルが変るのだと言い得るかもしれない。いかに偉大な作家だろうとも、一人ではジャンルに生命を吹き込むことは出来ない。一人の手塚治虫が作り上げた少女マンガというジャンルはそのあと、24年組を得てはじめて、爛漫に花開いた。それもなみたいていの花ではなかった──『ベルサイユのばら』には『オルフェウスの窓」が続き、『トーマの心臓』には『ポーの一族』が、そして『天まで上がれ!』には『摩利と新吾』『アンジェリク」が、そしてついに『風と木の詩』が登する……。

登場のしかたでいったら『風と木の詩』のほうが早かったかもしれない。だが、やはり24年組のもたらしたインパクトを最もよく象徴する作品は『風と木の詩』であるだろう。その意味でこの時代は『風と木の詩』が象徴した時代である。それはいろいろな意味であまりに革命的だった。まず少年愛というものを世の中に問うた。はっきりと描かれた性愛が少女たちの心をとらえた。そしてそれはまた、人間の孤独や運命というものを正面から描こうとした作品であった。

真に偉大な作品を書いてしまった作家がその作品を乗り越えるためには非常な心労や苦闘が必要となることがある。あまりに偉大な作品を書いたゆえにマーガレット・ミッチェルはついに生涯『風と共に去りぬ』の次の作品を発表することが出来なかった。竹宮恵子はもちろんそののちも続けて『変奏曲』や『私を月まで連れてって!』などを発表しつづけているけれども、やはり終生『風と木の詩』の作者、という栄光と呪縛は彼女を去ることはないだろう。

同じときに大島弓子はまた『綿の国星』というこれまた少女マンガのみならずすべての表現の歴史に残る作品を発表した。そして山岸凉子も『天人唐草』から『日出処天子』と恐るべき作品を次々世に問うてゆく。青池保子は『エロイカより愛をこめて』と『イブの息子たち』という禁断のギャグで少年愛のギャグ的側面を一手にひきうけた感があった。 24年組には通常入れられないけれども、魔夜峰央の『パタリロ』『ラシャーヌ!』、猫十字社の『黒のもんもん組』もこの「偉大な時代」を彩った忘れることのできない傑作である。

一体どうしてまたこの時期に、狂ったようにすぐれた作品が集中することになったのだろう?──それはもちろん、その書き手たちの一斉に開花する時期がたまたま一致した、ということもあったかもしれない。しかしそれにも増して、受け手たちのほうも機が熟していたのだった。もう従来どおりのバレンタインのマフラーと初恋の悩み、でなければスポ根ものの少女マンガだけでは彼女たちの心は満たされない──より深いもの、より彼女たちの人生と結び付き得るものを求める心と、自分自身のスタイルを求め、真実の表現を強く求めていた作家たちの要求とが合致したのだ。もちろん同じスポ根ものも変貌しつつあった。山本鈴美香の『エースをねらえ!』はそれまでの凡庸なスポーツ少女の青春とはたしかに違うものを描いた。ギャグも、ストーリーマンガも、スポ根も歴史ものもいっせいに花開いていた。

それはなんと幸福な、めまいのするほど豊かな恵まれた時代であったことだろう!──当時の「マーガレット」「LaLa」「花とゆめ」のラインナップは素晴らしかった。木原敏江、萩尾望都、池田理代子、竹宮恵子、山岸涼子の代表作が同じ誌面に並んでいて私たちを熱狂させた。毎週、あるいは毎月、心をわくわくさせる夢や驚くべきショックが山のように詰まった雑誌が読者のもとに届けられた。美内すずえの『ガラスの仮面』もあった。槇村さとるの『ダンシング・ゼネレーション』『N・Yバード』も忘れることのできない作品だった。私たちはなんと幸福な読者であったことだろう!

そうして、その間、まるで女たちの怒濤の才能の嵐に気圧されたかのように、少年マンガは比較的大人しい時期を持っていた。少女たちは次々と少年マンガを見捨てて少女マンガに帰ってきた。それまで、多少でも気骨のある少女たちはすでに少女マンガに飽き足りず、少年マンガを彼女らの魂のかてとしていたのだ──というか、竹宮恵子にせよ、24年組たちは、みな少女マンガによってではなく、むしろ手塚治虫や石森章太郎によって育ってきたのだった。

そしてあっという間に24年組たちは「大家」となってゆく。それぞれの世界が確立され、固定し、深化してゆくにつれて「24年組」という十把一からげの扱いはなされがたくなっていった。橋本治のようにはじめて正面切って男性評論家が彼女たちの少女マンガを論じるようになり、高い文学性と芸術性を持つ彼女たちのマンガはすでに立派な表現としての地位を獲得した。そのあとを追おうとしてたくさんの才能があらわれた。どの雑誌もあまりに巨匠たちの作品が衝撃的であったがゆえに、その「あと」をどのようにして追随していったらよいかに苦慮せねばならなかった。吉田秋生、成田美名子、秋里和国、高口里純らが気を吐いたが、「24年組」のあの束になったパワーをしのぐだけの街撃はなかった。そうしていつしか24年組は「花とゆめ」や「LaLa」、ましてや週刊マーガレットからは姿を消し、24年組最大の仕掛け人の一人である小学館の山本信也(原文ママ:正しくは山本順也参考【山本順也編集長について】)の仕掛けた「プチフラワー」にいわば落ち着き先を見出していった。再び根強いバレンタインのマフラーと告白できない初恋がひそやかに勢いを盛り返そうとしつつあったのである。24年組が影響を与えた少女たちはむしろ、彼女たちがあのように強く訴えた少年愛や人間の真の孤独や愛をファッションとして受け止めてしまうことのできる軽い 時代を生きていた。そののち彼女たちの作品を超えるヒットとなった作品は少女マンガ界にはおいそれとは見当らない。むしろ敢然と少年マンガにデビューした高橋留美子が光る。そうして気づいてみると、24年組の旋風の吹き荒れたあとには、その彼女たちのまだ幼かったころからずっと第一線にいた細川知栄子が、彼女たちが吹き過ぎたあとになお、三〇年前とまったく変らぬ絵柄のまま堂々と『王家の紋章』の連載を続けているのだった。あるいは彼女のマンガこそがある意味では究極の「女子供」の真実であったのかもしれないのだ。
(なかじま あずさ 作家)



別冊太陽〔少女マンガの世界 2〕】1991年10月01日
 【別冊太陽〔少女マンガの世界2〕もくじ】
 【西谷祥子:時代の中央線を歩け】
 【ささやななえ:三つの衝撃】
 【中島梓:未曾有の時代】
 【進化するSF少女マンガ】

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