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【変奏曲的交響曲:本間晴樹・増山のりえ】
ぱふ1982年8-9号「特集竹宮恵子part2」

ぱふ1982年8-9号「特集竹宮恵子part2」
発行日:1982年08月01日
出版社:雑草社


資料提供
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/gcomic/163189...


ドキュメンタリー変奏曲的交響曲:本間晴樹・増山のりえ
(画像3枚に続いてテキスト抽出あり)





ドキュメンタリー変奏曲的交響曲:本間晴樹・増山のりえ

以下に掲げられた作曲家及び楽曲に対する評価は、何ら音楽的規準に基くものではなく、ただ漫画のネームとしての見栄を尺度として下したものにすぎない。音楽ファンの方はどうか冷静に読まれたい。

竹宮家から筆者(本間晴樹)の家にその電話がかかって来たのは、1978年8月18日の夜9時頃のことである。電話口の当人は、トランキライザー・プロダクトの総支配人、増山のりえ女史であった。即ち、一旦は志した音楽の道を敢えて断念し、竹宮女史の創作活動を助ける為に一身を捧げた、知る人ぞ知るローラ・ナンネル・リヒターの日本版である。(以下、Hは筆者、Mは相手の発言である。会話の長さはかなり刈り込んであり、また言葉使いも幾分変形されていることをお断りしておく)。

電話の冒頭の挨拶は省略

増山 済みませんが、今すぐ交響曲を一つ選んで戴きたいんです。」

本間 へ?

増山 あのね、交響曲を一曲選んで下さいと...。

本間 それ、食うものとか、眺めるものとか......ではありませんね?

増山 ええ、聞くものです。シンフォニー。音楽の交響曲。

本間 交わるのコーに響くのキョーに。

増山 そう、曲がるのキョク

本間 つまりオーケストラが舞台に並んで、指揮者が客に尻(ケツ)向けて...。

増山 そうです、それそれ

確認にもっと手数がかかったような気もするが、先に進める。

本間 で、どうしました、そのコーキョーキョクが?

増山 漫画に出すんです。名前だけ

本間 ハァ...

増山 どう? 選んで戴けます?

本間 選ぶって、そんなの、ベートーヴェンの一から九までどれでも好きなのを採れば...

増山 ダメなんです。あそこまでポピュラーなのは

本間 というと? ただ好きなのを選ぶのと違うんですか??

増山 大体、ベートーヴェンで済むんだったら本間さんに相談すると思います?

本間 ナルホド

賞められたんだろーか、これは?

本間 そんならハイドンのは? 100もあるんだから、中にはポピュラーでないのだっていくらもあるし

増山 彼のはみんな軽いでしょ? それも困るんです

本間 モーツァルトの三○番台ならどうです

増山 印象として、彼のは明快そうなのがどうも…

本間 明快なのと軽いのはダメなんですか?

増山 はい。それにどちらかと言えば、古典派よりはもっと後の時代の方が

本間 ところで、どの漫画に出すんです?

これを最初に聞くべきだった。

増山 ウォルフが指揮するという設定です。というより、指揮して成功したことになっていて、それを後から話題にする場面があるんです

本間 ウォルフ? ウォルフ・リヒターですか?

増山 そう、18才のウォルフが

本間 交響曲を振るんですか?

増山 そうです

本間 そんなことが可能だと思いますか? 指揮ってのは重労働ですよ

増山 判っています。とにかく完璧に振り通すんです。もうそういう話ができ上がってますから

本間 でも指揮ってのは舞台だけ務まればいいってもんじゃないですよ。本番より前の方が仕事が多いんですから。練習を仕上げることの一方が仕事として重要で...

増山 勿論、判っています

本間 それに何よりも、オーケストラの全員に練習場でも睨みを効かせなくちゃいけないんですよ。統率力とか包容力とか、場合によっては経営能力まで...

増山 判っています

本間 ウォルフの体力でまともに練習につき合えると思いますか? 交響曲となると本番だけだって危いのに...

増山 何もかも承知の上です。とにかくウォルフが成功を収めることはもう既定の事実なんです。原稿もそういう風にできてしまっていて

本間 ハァ

増山 吹き出しの中で曲名の入る部分だけがブランクになっているんです

もう少し執拗に抗弁したような気もするが先に進める。

本間 そんなら、奴の貫碌に相応の、頑具の交響曲かベートーヴェンの戦争交響曲あたりにしておけば?

増山 いえ、やはりよくぞ指揮しおおせたというような、一見荷が重過ぎるような大曲でないと

本間 ではブラームスの一番は? 何なら四番でも?

増山 ちょっと野暮ったいでしょう? ウォルフがあんまりオジン臭く見えるのもどうも...

本間 シューベルトの『未完成』八か九ならどうです?

増山 今度は繊細すぎてね...。それに彼は梅毒だし

本間 梅毒だといけないんですか?

増山 いけなくはないけど、ウォルフのイメージに重ね重わせると、ちょっと、ね

本間 ベルリオーズの『幻想』では?

増山 あれは阿片中毒者の妄想って設定でしょ?

本間 じゃ、シューマンの二番『ライン』か四番『幻想交響曲』は?

増山 彼は発狂しているし...

本間 メンデルスゾーンの三『スコットランド』か四『イタリア』は?

増山 彼のもやっぱり明快な感じでしょう? もっと聞くからに難曲らしいのは?

要するに向こうの注文を総合すると、長くて難解そうで、野暮過ぎず派手過ぎず、しかも作曲者に大きなマイナス材料がないもの、ということになるらしい。ウォルフに一曲振らせるのがこうまで面倒とは!

本間 チャイコフスキーの曲は? 五番か六番『想想』はどうですか?

増山 ロシア調というのはウォルフにしっくりこないような...。それに、チャイコフスキーはホモだし

ウォルフは正常だったっけ?

本間 サンサーンスの三番なぞは?

増山 彼の場合、『動物の謝肉祭』のイメージが強いでしょう? それがね...

本間 ビゼーのは? 選ぶまでもなく一番だけですよ

増山 それも『カルメン』の作者ってイメージが先行してしまうし...。

つまり、交響曲(特に鑑賞指定曲)を書いた奴はダメ、ということだ。

本間 じゃ、シベリウスの一か二では?

増山 北欧調も、やっぱりウォルフのムードじゃないから..

本間 プロコフィエフの五番は? 八番か九番の方がいいかな?

増山 彼も『ピーターと狼』のイメージで聴かれてしまいそうだから、どうも...。

そろそろこっちの記憶のストックが尽きてきそうだ。

本間 いっそのことリヒターの一番にしたら? でなければソルティーの一番はどうです?

増山 そこまで嘘っぽいのも困るんです。それに、まだエドナンと一緒に活動する以前の話だし

本間 つまり、レイ・イクシマの一番もダメということですか?

増山 だって、ウォルフが死んだ時、玲はまだ13ですよ!

畢生のアイデアもかくて挫折。

本間 ラロの『スペイン』は?

増山 だめ、もう使用済です

そうだった。迂闊でした(『ヴィレンツ物語』の読者なら判るよね)。

増山 それに、ウォルフには表題のない曲の方が合いそうに思うんです。どちらかと言えば、番号も大きい方が。

本間 それじゃ、やっぱりハイドンかモーツァルトの出番じゃないですか

増山 いいえ、大きいと言っても一桁の範囲で。

ということは、リムスキー=コルサコフ、リヒァルト・シュトラウス、ヒンデミット等は最初から没になる。いよいよ泥沼。

本間 シェーンベルクの一番もダメですか?

増山 十二音音楽は除外して考えて下さい

本間 そんならマーラーの九『大地の歌』か一○では?

増山 マーラーには個人的にイヤーな思い出があるので...

本間 と言うと?

増山 彼の曲を聴いてて失神したことがあるんです。ウィーン楽友協会のホールで

本間 ホ!? それはまたえらく高度にミーハー的な...

増山 気持ち良くてじゃありません! 気分が悪くなって失神したんです。

なんだ、つまらん。

本間 ブルックナーの八か九ではどうです?

増山 ウーン...

本間 それともショスタコーヴッチの七か八では?

増山 そうね。じゃ、その辺から選びましょうか

ついにやった! とは言うものの、まだ終った訳ではない。選曲の最終段階には来たが、 候補曲を一々レコードで聴いてみる暇はない。ジャケットの説明と音楽事典その他を読み較べて、長さ、難解さ、硬さ、柔かさの見当をつけて急拠比較評価しなければならない。結局、長さを基準に強引に軍配を上げる。

本間 ブルックナーの八番がどうやら良さそうですね

増山 ハイ、それに決めましょう

後の会話は省略。

しかし、後になって考えてみると、どうも不適当な曲を選んだという気がしないでもない。
交響曲八番と言えば、周知の通り60代のブルックナーが一応の完成までに三年、改の完成までに足かけ七年を要した彫心鉄骨の名作であり、彼自身が誇りをもって「ドイツの野人」と呼んだ、農民の子ブルックナーの原点に根ざした音楽であり、編成の大きさ及び80分という長さからも、ウォルフ・リヒター如きには勿体ない大作である。それは良いのだが、これまた周知の通り、ブルックナーの後期の交響曲には縷縷(るる)「死」のイメージの楽想が用いらてれいて八番は特にそれが著しい(実はこれは後で知ったのだが)。常に死と背中合わせに生きていたウォルフにとっては、実に縁起の悪い曲だった訳である。勿論、曲自体の大きさと難しさも、ウォルフの生命を削って減らすには充分のものだったが。
いずれにせよ、こんな訳で、それから一ヶ月足らず後に出たサン出版の雑誌ジュネ創刊号に載った漫画では、ホルバート・メチュック氏が次のようなセリフを吐かされたのである。

「おやおや、また御謙遜! 18にしてブルックナーの八番とは勝ち過ぎた荷だとは思ったが…。」

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