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【竹宮恵子の世界(LOVELY COMICS)ライブインタビュウ:SFってすごく興味あるの…】



竹宮恵子の世界(LOVELY COMICS)
出版社:まんがはうす
発行日:1977年12月10日
資料提供
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/gcomic/162626...
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/gcomic/165811...




ライブインタビュウ
SFってすごく興味あるの…
竹宮恵子
インタビュアー・青木治道
(図版に続いてテキスト抽出あり)










ライブインタビュウ
SFってすごく興味あるの…
竹宮恵子
インタビュアー・青木治道
(テキスト抽出にあたり発言者名を付記しました)


今でも故郷を夢に見る…

青木 お生まれは?

竹宮 徳島市です。ちょっと郊外になりますけど。工場が町の中に三つくらいあるっていう……。

青木 今でもお好きですか?

竹宮 ええ、好きです。今だに夢の中に出てくるくらいだから。

青木 マンガは小さい頃から?

竹宮 いたずら描きだったら、5つ6つぐらいの頃からずっとやってました。中学校ぐらいになってマンガの形態になってきて、高校になって初めてマンガ家になろうと思ってペンを入れてみたというか…。

青木 自分でマンガ家になれるんじゃないかと思ったのはいつ頃から?

竹宮 実は「COM」の前にも投稿したことはあるんです。まったくお恥ずかしいからないしょの話なんだけど(笑)。まだ中学生だったんだけど、あの頃は中学を卒業する頃にはデビューしてた人が多くて、里中満智子さんだとか、青池保子さんだとか。私もだいぶあせり狂ってやってみたんだけど、まるでダメだった(笑)。名前も載らなかったというくらいで……。

青木 初期の作品で好きなものは?

竹宮 初期は駄作だ。もうあんなものは見たくないって思ってたのに、今見ると案外と良いではないかというか。寛容になってきたの(笑)。まあいいではないか、ガンバってる、ガンバってるって感じで……。

青木 思い出に残っている作品というのは。

竹宮 ネームが出来なくてね、もう破れかぶれで描いたのが「ハートあげます」てやつですね。ネームが出来ないんですよ。「ネームが出来なきゃもう間に合わないじゃないですか。」というんです。「じゃもうないです。(笑)」といってネームのない話を作っちゃった。

青木「風と木の詩」の構想は初期の頃から考えてた?

竹宮 ええ、あれは話を考えたのが70年頃なんですよね。71年にはもう描き始めてたから。「風と木の詩」の第一章、最初の2回に50枚 づつ入ったのが大体描いてあった分量というか……。描きたいものだから、チラッチラッとあちこちに名前を出したりして。20世紀フォックス「風と木の詩」とかね(笑)。

青木 ところで「地球へ」の反響はどうですか?

竹宮 細かいというか、あそこがどうだとか、この理論は、こうだとかいうのが多いですね。私はあんまり考えずに、話の具合でこれが当然なんだという思いで描いてるでしょ。だから必然性が私に取ってはあるんだけど、読者の方は……。

青木 テーマは一本通しているって感じだけど。

竹宮 ええ、だから私が話を作る上で、SFだろうと「風と木の詩」みたいな話だろうと、自分の中の思想なんていうと大袈裟になっちゃうんだけど、何かあるものをね、あらわしたいというだけであって、ただ舞台が変わるだけなのですね。

青木 好きなジャンルというのは?

竹宮 好きなジャンルって別にないんですね。もう「風と木の詩」ばかり描いてるから、ああいうのが好きなんでしょうとか言われるけど、私は別に森茉莉を熟読しているわけでもなければ、「少年愛の美学」を最後まで熱心に読んだってわけでもないのね。ぜんぜんよく知らないと言った方がいい。知ってなきゃ、きっと描けないなんて思われるんだろうけどね(笑)。

青木 少年のイメージというのは?

竹宮 イメージってないですね。少年とはどんなものかみたいなものは。未完成品というか、可能性というか、そういう感じのもので、特に何という形はないですね。

青木 形はないけど、その可能性にひかれるみたいな……。

竹宮 私の場合はそうですね。女の子の方の可能性に比べればはるかに大きいと思うんですけど、男の人から見ればそれが分からない。よっぽど神秘的に見えるのかも知れないわね(笑)。女の子なのにわけが分からない、なんてね。

青木 男の子に生まれたかったと思いますか。

竹宮 ええ、それは今でも思うんです。幼ない頃から全く変わりなく今でも。女で良かったと思ったことはないの。先生に叱られずにすむ時だけで(笑)。

青木 では、小さい時からおてんばで。

竹宮 いや、そんなことない。徹底的におとなしかった。大学に入る頃になってから何だか怪しげな人物になってきちゃったというか……(笑)。

青木 理想の恋人はボブだとかよく言われるようですが。

竹宮 そうね。人間として理想なのは誰かと聞かれると、ボブだって言ってるんだけど、あとは自分の恋人として、あるいは旦那様としていい人は誰かというと、朗ちゃんになっちゃうのね。そんな風にいろいろ変わってしまうもんだから、特に誰ということはないかな。


作品の上で、キャッチボール をやっていきたい…。

青木 今までの作品でこうしたかったってことはありますか。

竹宮 そりゃあ、出来上った直後はね。描いてるさ中の苦労だとか、こうじゃなかったんだという意図だとか、一緒にこうすれば良かったんだとか、いろいろあるけれども。でも何年も時間がたってみると、もうそれしかなかったものになってしまうというか……。

青木 結果しか人は見てくれないというか…。

竹宮 いえ、そういう意味じゃなしに、自分に取っても運命的な感じでね。もう結局そういう風に生まれてしまったものというのは作品自体、あるいはそのキャラクターがそういう風に生まれたかったのであって、私のせいではないわという気になるわけ。

青木 結局、自分が描いてて、実はもっと大きなものが自分を動かしているんだって感じで……。

竹宮 ええ、それは思ってますよね。ごく最近なんだけど……。昔はそうは思わなかった。 自分の意志の方が強くて、もっと突っ張ってたけど。やれば出来たんだとかね。今だったらそんなことはあんまり思わなくなっちゃって……。

青木 小説を書くとか、映画を作るとか、やりたいと思いますか。

竹宮 まだマンガの方もようやく思うように描けるようになって来た所だから、そこまで手をのばす気になれない。

青木 ということは、最近になって思うように描けるようになって来た……。

竹宮 だから感覚にまかせて描いてる時代っていうのは突っ張りばかり多くてね。自分自身を把握してないというのかな。その時の感じを思い浮かべると、本当に腕を自分で動かしていたのかどうか、あてにならないなぁと思うの。今はようやくそういう意味では、ちゃんと意識して描けてると思うから。

青木 というと、ある程度効果を考えたり。

竹宮 うん、読者というものはこういう風にやるとこういう風に説得できるんだとか、そういうことを考えながら描いてる。

青木 マンガにおけるサービス精神とはどういったものだと思いますか。

竹宮 私は、とにかくマンガが好きだったからサービスされないマンガよりはされるものの方が、やっぱり本当のマンガだと思うし。一種のタレント性みたいなものですね。だからエンターティメントのないものというのは描きたくないですね。むずかしいものでもそれなりのエンターティメントがあるでしょ。一人よがりで描いてたのはもう昔だけで(笑)。もっともっと今以上にサービス精神は欲しいと思ってます。

青木 人に喜こんでもらうことが、自分にとっても嬉しいという……。

竹宮 うん、やっぱりワッと向こうが喜こんでくれると、こっちも喜々として乗り始めるというか……(笑)。

青木 読者とのキャッチボールというのは、読者とのコミニュケーションを求めるということですか。

竹宮 そうですね。不思議なもので、昔は返事を書こうとあせった時代というのがあってね。果して自分の言っている事が全部伝わっているかどうか、伝わっていると本人は信じてるんだけど、反応を見るとそうじゃないから、手紙で返事を書きたかったんでしょうね。でも今は何を言われてもただ黙って受けるだけなんですね。返事を書くことと、キャッチボールをするってこととは全然違うんだ、マンガの上で私は返事を描けばいいんだという意味でのキャッチボールをやっていきたいんですね。それが出来てる時はまともに描けてるんだと思ってるしね。

青木 人間と人間が互いを理解するという所 何か不安のようなものがあるんじゃないですか。

竹宮 うん、そうね。不安があるし、一種の絶対出来るんだという信頼感もあるし、そうじゃなきゃいけないっていう信念みたいなものもあるしね。だからその接点、人と人との接点みたいなものに、すごく興味があるんですね。それが作品としてたった一人しか主人公が出てこなくて、それのモノローグばっかりだったとしても、やっぱりそれは外へ向っての何かの叫びだろうと思うし……。

青木 読者から自分の思う通りの意見が返ってくる時と、そうじゃない時というのはありますか。

竹宮 そうね。思う通りの意見が返ってくる時というのは、いわば完ぺきに説得していてね、受け取ってもらえればいいって話があるでしょう。そういう時にはまことに思った通りの反応が返ってくるんだけど、本当にキャッチボールしてるなと思うのは、やっぱり、相手は疑問を発するし、その疑問が私に取って何か次への拡がりになっていくって時で、向こうが何の気なしに書いたことでも、こちらに取ってはすごくプラスだったり、というのをやってる時が一番充実してますね。
だから、エーッ、こんなこと考えるのォ、というのが来ると面白いですね。すごく。

青木 そういう意味ではどんな意見であれ、何かしら言って欲しいって感じがある。

竹宮 ええ、だから私は常に読んでるし、いくら来ても足りなくて、もっとくださいっていっちゃうんだけど。


エスパーが好き

青木 SFについてですが、センス・オブ・ワンダーって言葉があるんですね。「驚きの感覚」とでもいうか。「地球へ」なんか読んでると、そんな感じで描いてるんじゃないかって気がするんだけど。

竹宮 ええ、そうですね。SFの世界を描いてる時というのは、自分の考えに応じて設定を拡げていけるでしょう。自分のこういう感覚をSFの世界で拡げるには、あるいは相手に説得する時にはどうしたらいいかってことを考えますよね。そうすると、こういう扱いが出来るのかってことで、自分でもびっくりしちゃうというのかな、まだ勉強しているとこだからそうなのかも知れないけど、すごく興味あることがSFの中に含まれていると思うの。

青木 描いてて面白い?

竹宮 ええ、普通の世界だとやっぱり日常体験していることでね。読者に対して、こんなことあるでしょう、あなたもあるでしょうということで描いていくでしょう。SFの場合はそれが皆無のものを描いて いくわけだから、説得の方法としてはすごく変わっていると思うんですね。

青木 超人類や超能力という設定に魅力を感じていると思うんだけど。

竹宮 うん、女の子の場合は特に強いのかも知れないんだけど、私はずっと昔からそういうお話しか考えなかったようなところがある。だから好きですね。要するにインナー・スペース(内宇宙)を開拓していく意味でね。すごく。

青木 人間の精神の領域にバリエーションを持たせるというか、拡がりを生みだすというか……。

竹宮 ええ、エスパー(超能力者)に関して興味があるのはそれなんですね。普通の人間だったらやれなくて過しちゃうようなことをエスパーだったら考えるんじゃないかとかね。それで面白いなあと思ったんだけど、「デューン」(注:フランク・ハーバート作、矢野徹訳の長編SF。石森章太郎氏がさし絵を描いている。)の中でね。あの話の前段階に戦争があるでしょ。
戦争っていうか革命っていうか、コンピ ーター排除の。それからベネ・ゲセリットというのが出来て、人間の感覚の全てを研ぎすましていくという訓練をやるんですね。で、自分のコンプレックスだとかそういうのを全部克服していくわけ。そういうことをするっていうことが、私に取ってはすごく関心のあることなんですよね。今だと人間はそんなことやれないで過しちゃって、精神病になっちゃったりね。アメリカなんかでは精神科のお医者さんがやたらと繁盛するわけでしょう。で、すごく問題が自分自身の中にあると思うんですね。それをみんな知らないで過してるから。だからそういうことに関してエスパーを持ってきちゃうというか……。

青木 ところでウィーン少年合唱団は昔からお好きで……。

竹宮 そうですね。あれが私が少年に関して興味を持った始まりのようなところがあるから。それまではそれほど意識せずに描いてたんですよね。それでも少年の方が主人公になることが多かったんだけれども、特に少年の魅力として意識しだしたのはそれからですね。昔、少年合唱団のブームみたいなのがあって──。

青木 昔、あったわけですか?

竹宮 だから少女の世界ではすくブームがあったんですね。で、同じ年くらいの人はみんな分かっているという所があるんですよね。3分の1くらいはみんなそれに毒されて……(笑)。今それが尾を引いているんじゃないかな。少年の世界がやたら受けたりするのは。昔、ディズニーの「青きドナウ」ていう映画が公開されてそれから「少女フレンド」や「マーガレット」が大々的に特集を組んだりしたんですね。それがすごく受けたってことが始まりなんですね。女の子がどうしてもそれが好きなんだってことで。あれも一種の寄宿学校なんですね。今、大はやりの寄宿学校(笑)。だから教会音楽だとか、そういうのと関わり合って、そこに何かあるんですよね。何かあるなぁって感じでうまく説明出来ないけど。


音楽をマンガで表現することは出来ないから…。

青木 音楽の世界に興味を持ち出したのも、そこから?

竹宮 ええ、そうですね。でも、やっぱりマンガの世界と音楽の世界っていうのは、かなり差があるんですよね。無理がね。
マンガの世界で表現しようってことは、そういう意味で面白いなあと思ってやり始めたとこがあるんです。出来ないから。
だから音楽の世界に興味を持たなかったら、あんな面倒くさいもの描けないですよ、やっぱり。アシストも苦労するしね。バイオリンなんてとんでもないんですよね。描いてると。今でもなんちゅうものを描いてるんだろうと……(笑)。だから音楽はそれほど分かっているとは、言えないんだけど、音楽のかもしだすムードだとか、そういう世界が作る面白さっていうのかな、逸話とかがあるでしよう。
そういったドラマ性の面白さを描くということですね。結局は。

青木 作品を描く時は、醒めた目を常に持っている?

竹宮 そうですね。でも人一倍乗らないと描けないというとこもあるし、そういう意味ではすごく熱い部分と冷えた部分を一緒に持ってなきゃだめと思うんです。
それが同時に出来ている時は、全く幸福というか……。

青木 マンガ自体の流行とか、時代の移り変わりみたいなことを自分なりに考えたりしますか。

竹宮 それはあります。もちろん。で、私は自分の傾向とか好きなものというのが、時代と逆行してきちゃったもんですごく苦労した時代があって。だからそれを考えるとむしろ今は感覚が自分に合ってるから非常に助かっているというか……。
ある人に言わせると、それを作ってしまえばいいんだ、ブームの先端を自分が切ればいいというんですね。でもそう簡単にいつもいつも行かないからね。 私はやっぱり努力したいと思っているんです。
人が関心を持つってことは、こちらにはもうどうしようもない事でね。人が関心のある事を、じゃあ私も一緒に話しましょうよっていう感じですね。もっとも描きたいものがある時は別だけど。

青木 マンガはこれからどう変わると思いますか。

竹宮 マンガが何になるかってことは本当に訳が分からない。全くこれも変転の歴史を重ねてると思うんだけれども。だから昔は価値のなかったものが今ではあるし、昔は価値あったものが狂っちゃったりね。
何度も何度も繰り返していると思うんです。なくなることはないと思うんだけど。今はある程度浸透していて、マンガが割と大人でも納得してもらえるようになったからいいけど、あまりにも市民権を獲得したというので勝手をやっていると、こんどは低年令層が離れちゃうでしょ。離れたあげく、しばらく彼らが成長する間、放って置くと、世代が替わった後では、マンガなんか昔だ、と言われちゃうような気がするの。

青木 竹宮さんに取ってファンとは?

竹宮 やっぱり、キャッチボールの相手だから。かなりキビしくね。ロクでもないと思ったりすることもあるし……。


何かを創るのだったら、何でもいいと思うの。

青木 創作という形に関わらずにファン活動というものが成り立つと思いますか。

竹宮 私は、それはあると思います。ファンといってもファン活動をするに至るまでにはやっぱり情熱を何かに変えようという意識があるわけでしょう。ただただ好きだわぁ、と言って喜こんでいるだけではない、その次の段階に行ってみようという所から始まる訳だから、私は最初はミーハーであっても全然かまわないと思う。それが何かを創るんだったらもう何でもかんでもいいんじゃないかと思ってるんだけど。ただね。作家に対してどうこう意見として言うのはいいんだけれども、変える力として使うのは危険だなぁと思うんです。若いでしょ。相手がね。
だから全くそれを意識しないで、ズバッとやっちゃうとこが、大いにあるんですよね。だから作家の方がすごく危険視するとこもあるんじゃないかと思う。マニアって形でこわいとかね。


マンガの良さを知ってほしい。

青木 よくあるけど、ファンへのメッセージなどあれば……。

竹宮 結局今まで言ってきたことが、全てファンへのメッセージなんだけど……。そうですね。やっぱりマンガの良さを知って欲しい。あのキャラクターがすてきだわぁってのはまぁ良いと。その次にはマンガの良さというものを常に考えていてもらいたいなぁと思うんです。私が淋しいのは、出てくる新人がみんなマンガの良さを忘れていくんですね。最近。どこかでまたそれが分かっている人が出てくるとは信じているんだけど、世の中動きのせいかも知れないんだけども、だいご味みたいなのが失なわれつつあるから、それが実に淋しいなぁと思ってるんです。

青木 マンガのだいご味というのはさっき言ったセンス・オブ・ワンダーって感じ?

竹宮 そうですね。そういう意味ですごくSFと似かよっているんじゃないかなぁと思ってるんです。

青木 読んでて背すじがゾクゾクするという感じが……。

竹宮 ええ、映画なんかでは出来ないことですね。マンガのだいご味というのは。映像化する能力は、大して違わないと思うんですね。だけどもマンガはマンガで絶対に映画には追いつけない部分がある。だからここがマンガでしか出来ないことなんだって部分を必らず把んで欲しいなあと思ってるんですね。これはただひたすら望むしかないんで、教える訳にはいかないし……。

青木 最後に一言。

竹宮 私の持っているものってのは、今発表されているものだけじゃないんだってことを忘れないでいてもらいたいなぁと思うんです。普通はそれだけだと思っちゃうとこがあるみたいで。まぁ、どこまでも一緒にやっていきましょうよ。という感じがあるんですよね。読者とは。

青木 どうもありがとうございました。




今度の遅れは何にしよう
朝日ソノラマ「マンガ少年」編集部
松岡博治

ガラス窓を通して、朝の光がさし込んで来る。仕事部屋は朝の白けた感じに変わり始める。もしやもしやで生き延びて来た期待は、夜とともに去る。 “〆切り” の意味が、巨大な重圧として、オレの上にのしかかる。

席を離れ、鏡の前に立つ。顔を見る。あまり見つめてしまうと消え去る、いつもの不気嫌の源に、パワーを入れ込む。表情は自然に不気嫌に作られている。眼がまずい。まなざしはすでに遅れを許している。眼を直す。心の中で「オレのキリストのような慈悲も、もはやこれまでだ」とすごんでみる。死体のように眠りこけるアシスタントたちの頭を一つまた一つまたぎながら、彼女に近づく。

その赤くはれた両のまぶたを閉じることなく、彼女は三日目の朝を迎えている。接近の気配を察してふりむく彼女に浴びせかける。「竹宮さん!!」。すべてが盛り込まれている、このすごんだ一語。(〆切り時間をオーバーしている。スピードアップせよ。オレのメンツを傷つけるつもりか)。啓と頬だけの無理強いの微笑で、オレの言葉は方向を失い、炎の閃めきにあふれた瞳により、焼き打ちされた微笑をやめた彼女の口からは、「ハイ、何でしょうか」と軽やかなお返事。オレは対話がしたいのではない。ひたすらの恭順を示す「スミマセン」ないしは「ガンバリマス」あるいは無言、これでいいのだ。それで、オレのすごみは伝わったことになり、編集者としてのプライドも守られるのだ。しかし、今、あの一語は確実に地に堕ちた。

「竹宮さん」。送り出した第二弾からは、感情が抜け落ちていた。迫カナシ。「何とかお願いします」。勝負はあった。哀顔に変わったオレの言葉は、力なく彼女に届いた。うなずく彼女。死体の群をかきわけ電話に向かう。編集者のバカでかい顔がアップでオレの脳裏に浮かぶ。今度の遅れは何にしよう。某SF作家のように「大変です!! 今、突然、巨大な光が空から降ってきたかと思うと…………」。



竹宮恵子の世界(LOVELY COMICS)
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